22.ー王宮学院編ー生徒会
「ステラが一位か」
背後から声をかけられて振り返ると、幼い頃から見知った従兄弟のトビアス・スタンリーが、いつもの人懐っこい笑みを浮かべていた。
試験結果の紙には、私のすぐ下に彼の名前がある。
学院の代表となる生徒会役員は、試験の首位が自動的に選ばれる仕組みだ。さらに役員は補佐役を二人まで指名できる。
「補佐は俺とフレイヤだろ?」
トビアスが軽く肩をすくめる。
「もちろん」
私は笑って答える。五位に入った親友フレイヤの名も、結果表にしっかり刻まれていた。
馴染み深い二人が補佐役となる事は、とても心強かった。
生徒会室の中央に座るのは、五年生のゲランド・スタンリー様だった。
背筋を伸ばし、鋭い眼差しで資料をめくる姿は、まるで騎士団の隊長そのものだ。
同じ血を引いているはずなのに、隣で笑っているトビアスとはまるで別人のように見える。
「会長は兄さんだし、規律にうるさいのは昔からだよ」
トビアスが小声で囁く。私は思わず頷いた。確かに、彼の真面目さは顔つきにまで刻まれている。
その隣で長いプラチナブロンドを指先で弄びながら、退屈そうに椅子に凭れているのは副会長のジェームズ様。
「フレイヤ、君みたいな子が隣にいてくれたら、生徒会も退屈しないんだけどな」
軽口にフレイヤは眉をひそめてため息をつき、トビアスは苦笑しながら肩をすくめる。
軽薄なのに、なぜか憎めない―そんな空気をまとっていた。
さらに、落ち着いた声で議事録を確認するトレヴァー様。彼は宰相家の次男で、私の姉の夫の弟でもある。親族の縁が複雑に絡み合うせいか、視線を合わせると妙に居心地が悪い。
書記のサラ様は眼鏡の奥から控えめにこちらを見て、すぐに視線を落とした。
そして会計を務めるのが、私。
こうして五人が中心となり、各学年から補佐役が加わって十五人の生徒会が動いている。
窓の外では、訓練場で魔法の光が弾けていた。
「学院は国の縮図だ。ここで学んだことが、将来の領地経営に直結する」
父の背中を思い出す。王都と領地を行き来しながら、膨大な仕事をこなしていた姿。
―これぐらいこなせなくては、公爵にはなれない。
顔合わせが済んだ後、一年生の私たちは二年生の先輩から業務の引継ぎを受けた。
帳簿の整理や予算の執行状況の確認、各行事に割り振られる資金の管理――まるで小さな国の財務省のようだ。
「数字ばっかりで目が回りそうだな」
トビアスが苦笑すると、フレイヤが横から「でも、これが学院を動かしてるのよ」と真面目に返す。
続いて、生徒から寄せられる要望や苦情の処理。机の上には既に分厚い書類の束が積まれていた。
「些細なことから重要な提案まで、全部ここに集まるのね」
私は思わず呟く。
「決裁は五人で合議。場合によっては学院を超えて国に諮ることもある」
ゲランド会長が淡々と説明する。その声には、責任の重さがにじんでいた。
私は手を挙げる。
「一つ、提案があります」
室内の視線が一斉にこちらへ向いた。
「王立学院の入学を、平民にも認めませんか?」
一瞬、空気が凍りついた。
「……ステラ、それは軽々しく口にすべきことではない」
ゲランド様の声は低く、厳しい。
「学院は国の中枢を担う者を育てる場だ。貴族の子弟が入るからこそ意味がある」
「ですが、国を支えるのは貴族だけではありません。優秀な人材は平民にもいます」
「理屈は分かる。しかし、秩序を乱す危険を考えたことはあるか?」
彼の眉間に深い皺が刻まれる。
私は一歩も引かずに言葉を重ねた。
「秩序を守るためにこそ、幅広い人材を取り込むべきです。今の仕組みでは視野が狭すぎます」
「……話にならん」
ゲランド様は椅子を押しのけ、立ち上がった。
「この件は却下だ。今日は解散とする」
重い扉が閉まる音が響き、生徒会室には私とトビアス、フレイヤの三人だけが残された。
「まぁ、当然っちゃ当然だよな」
後ろで腕を組んでいたトビアスが、気まずそうに笑った。
「……そうね」
私は深く息を吐く。ほんの少しでも誰かが賛同してくれるかと期待したけれど、やはり道のりは険しい。
「まだ始まったばかりよ、ステラ」
フレイヤが柔らかな声で励ましてくれる。その笑顔に、胸の重さが少し軽くなる。
「やれるだけのことはやらないとね」
私が決意を口にすると、フレイヤは力強く頷いた。
その横でトビアスは、兄と私の間に挟まれているせいか、困ったように眉を下げていた。
******
「ずいぶん大胆なことを言ったそうね」
ダーウィン先生が、興味深そうに目を細めてこちらを見た。
私は瘴気の無効化を施し、手を止める。
「やっぱり噂になっているんですね」
「ええ。王立学院で平民の入学を口にした生徒なんて、滅多にいないもの。しかも、あなたは女子でしょう?」
先生は少し肩をすくめる。
「この学院は男女比こそ半々だけれど、議員も騎士団もほとんどが男性。女は結婚か侍女か、せいぜい魔法師団に少し混じる程度――そんな偏見がまだ根強いのよ」
私は思わず問いかける。
「どうして学院の教師は男女が同じくらいなんですか?」
「理由を知っているわ」
先生は姿勢を正し、静かに言った。
「……少し、昔話をしましょうか」
「私もここの卒業生でね」
ダーウィン先生は懐かしむように微笑んだ。だがその瞳には、過去を思い出す痛みも混じっていた。
「私の同級生に、あなたと同じように『人は平等であるべきだ』と繰り返し訴える子がいたの。緑色の瞳を持つ、強い意志の令嬢だったわ」
先生の声は少し震えていた。
「当時、学院の教師は全員男性だった。女が教壇に立つなど、誰も想像すらしなかった」
先生は唇をかすかに歪め、苦い笑みを浮かべる。
「でも、その子は違った。鼻で笑われても、侮られても、決して引かなかった。彼女の言葉に勇気づけられた女子たちが少しずつ声を上げ始めたの。やがて、彼女を支える後ろ盾が現れて……学院は変わり始めた」
先生は一度言葉を切り、静かに息を吐いた。
「資格試験はもともと男女の制限なんてなかったのに、誰も女が受けようとしなかった。思い込みって怖いわね。ある年、三人の女生徒が挑戦して、全員が合格したの。男性よりもずっと優秀な成績でね。それをきっかけに、毎年女子が試験を受けるようになった。今では教師の半分が女性よ」
私は身を乗り出して尋ねた。
「その方は、今どうしているんですか?」
先生の瞳が揺れる。
「……子を産んですぐに亡くなったわ」
言葉を失った。出産はいつの時代でも命懸けだ。胸の奥が締め付けられる。
「でも、彼女が灯した火は消えなかった。私たちが受け継いでいる。だから――あなたも諦めないで」
先生の目は濡れていたが、まっすぐに私を見ていた。
私は「はい」と、その瞳に応えて返事をした。
ダーウィン先生の話を聞いて、私の決意は一層強くなった。
けれど、生徒会でのゲランド様の態度は相変わらずだった。表向きは冷たく突き放すように見えるが、時折こちらを見て言葉を飲み込むような仕草をする。その目に、ほんの一瞬の迷いが宿っているのを私は見逃さなかった。
副会長のジェームズ様は「僕、めんどくさいの嫌なんだよね」と軽く笑ってかわした。
何度か話しかけようとした私に、彼の今の恋人が鋭い視線を投げてくる。
「ジェームズ様を煩わせないでくださる?」
隣にいた友人たちも同調するように囁き、わざとらしく肩を寄せ合った。
直接手を出されることはなかったが、その空気は十分に圧力となり、私はうかつにジェームズ様へ声をかけられなくなった。
二度目の試験も無事に一位を取ったことで、生徒会に残ることはできた。だが、主要メンバーも補佐も顔ぶれは変わらず、改革の進展は見られない。
唯一、トレヴァー様だけが「時期を見てからなら賛同する」と言ってくれた。けれど、その「時期」がいつ訪れるのかは誰にも分からない。
―時期って、いつ来るんですか……。




