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無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


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19/62

18.限られた時間の中で

心のつかえが取れると、魔法の調子はぐっと良くなった。

精神的な負荷が魔法に影響するのは、今後の課題だ。


修練を終えて、下に降りるといつもの顔ぶれが揃っていた。

ルカ様と目が合った瞬間、頬が緩みそうになる。

周りに気づかれぬよう、平静を装った。


「ロイは?」

いつもなら後ろにいるはずの姿が見えず、レン様が尋ねる。

「気になる事があるそうで、少し調べ物をしてから来ると仰っていました」

アンがロイ様の代わりにお茶の準備をしながら答えた。


ルカ様が差し出してくれた魔力回復の飴を口に含むと、ジェットが膝の上にひょいと乗ってきた。その重みと温もりに、気持ちが落ち着く。


瘴気の中に見えた文字のようなものについて、これまで意味が分からず黙っていたが、皆に打ち明ける。

今日見えたそれを見て、ロイ様が何かを感じ取ったようだと伝えると、

「お前、そんなものが見えるのか」

初耳の情報に、レン様の目が丸くなった。


目の前に紅茶の入ったカップが置かれる。

アンかと思いきや、ルカ様だった。

いつの間にかアンの手伝いをしていたらしい。

彼は私の横にもカップを置くと、そのまま隣に座った。

いきなり隣に座られたことに、胸がどきりと跳ねる。

気づかれないよう下を向き、膝の上にいたジェットを撫でた。


「ステラの目はみんなが見えないものまで見えるんだね」

隣からのぞき込む鳶色の瞳に、私の鼓動は一気に跳ね上がった。

「あ、でも、何なのかはわかりませんし…。全然、意味のないものかもしれません」

その瞳を見つめたいのに、恥ずかしさが勝ってしまう。

しどろもどろになった言葉を繕いながら、高鳴る鼓動を抑えるために視線を逸らした。


「そんなことないわ」

ロイ様が部屋に入ってきた。

「なんだかわかったのか?」

ハロルド様が尋ねると、ロイ様は空いていたレン様の隣に腰を下ろす。

「うん。これは魔石に刻まれた文字よ」

「魔石の文字?」

ロイ様は頷きながら、一つの魔石を掌に乗せて見せてくれた。

それは黒く鈍い光を放つ石で、魔獣の心臓に宿る魔力の核――魔石だった。

「魔石には強い魔力が込められていて、薬草と組み合わせればポーションが作れる。傷を癒したり、魔力を高めたりね。魔道具の材料にもなるし、生活のあらゆる場面で使われているわ」


ロイ様の掌の上にある魔石の中心に、小さな文字が刻まれていた。

“ᛒ”

瘴気の中でステラが見たものと同じだった。


「たぶん、ステラには瘴気の中に、その魔獣の魔石の文字が見えているんだと思うの」

「これは…ベルグレイスの魔石?」

ルカ様の問いに、ロイ様が頷く。

「そう。もし魔獣ごとに瘴気の性質が違うなら、それに合わせたポーションを調合できるかもしれない」


浄化魔法や無効化魔法は、すべての瘴気に対抗できる数少ない手段だ。ただ、どちらも使える魔法師は極めて限られている。

ポーションも万能ではなく、効果が出る場合と出ない場合があり、誤った使い方をすれば症状が悪化することもある。

「でも、瘴気の出所がわかれば、それぞれに適した処方ができる。新しい治療法の可能性が広がるわ」

ロイ様は興奮を隠しきれない様子で、目を輝かせた。


その期待に応えたい。

ただ頷くだけでは足りない。

私にできることはまだ限られているけれど、それでも、何かを掴みたい。

ロイ様の言葉に背中を押されて、胸の奥に灯った小さな決意をそっと握りしめる。


「後四か月ほどで、どれくらいのことができますか?」

思わず口にした問いに、部屋の空気が静まった。


「そっか、ステラは王立学院に入るのか」

レン様の言葉に頷く。

学院に入れば、外との接触は限られる。

ロイ様から魔法を学べる時間も、残りわずかだ。


「そうよね。ごめんなさい。あなたが無効化の魔法を確実に修得する方が大事よね」

謝られることではない。私は首を振った。

「違うんです。ロイ様の力になりたい。…でも、私はまだ未熟で…」

言葉にすると、胸の奥が少し痛んだ。

それでも、逃げたくはなかった。

すると、ぽん、と隣から頭に手が置かれる。

ルカ様の掌だった。

その仕草は言葉よりも雄弁に、私を励ましてくれる。


「学院に入るとロイとは会えなくなるの?」

ルカ様の問いに、向かいに座るレン様が答える。

「ああ。手紙ぐらいのやり取りはできるだろうが、外部の人間と直接会うのは難しいだろうな。あそこはある意味監獄だよ」

その苦々しい顔に、やはりレン様は王立学院を出た貴族なんだなと察する。


「王立学院…そうだ…もしかしたら何とかなるかもしれないわ」

ロイ様が何かを思いついたように立ち上がり、私の手を握る。

「ステラ、嫌だったら断ってもいいの。あなたに無理はさせたくない。でも、可能な限りでいいから、王立学院に進んだ後も手伝ってほしい」

その真剣な眼差しに、私は強く頷いた。

「もちろんです。私にできることがあるなら、やってみたいです」

ロイ様の目が驚いたように見開かれ、目元に優しい笑みが浮かんだ。


「ロイ、話が進みすぎていないか」

ハロルド様の声に、ロイ様は我に返ったようにぱっと手を離す。

焦ったような姿は、少し珍しかった。

「そうよね。ごめんね、まだはっきりとわかってないのに」

「いえ。もし、私の力が誰かのためになれるんだったら、そんな嬉しいことはありません」

そう言った私の頭を、ステラは偉いな、とルカ様が撫でてくれる。

私が照れて笑うと、彼の瞳が柔らかく揺れた。


「ところでステラ、王立学院の入試は大丈夫なのか?」

レン様が何気なく尋ねてくる。

「一応、家庭教師の方々には合格の太鼓判をいただいていますが…」

確実な保証があるわけではない。

不安が顔に出たのか、皆が口々に「大丈夫だ」と励ましてくれる。


「そうだ」

隣に座っていたルカ様が、何かを思い出したように席を立つ。

少しして戻ってきた彼の手には、U字型の金属が握られていた。

「これは…蹄鉄ですか?」

「アウィルの蹄鉄。この前、交換したばかりだったから」


アウィルはこの家にいる馬で、彼のおかげで私は馬に乗ることへの恐怖を克服できた。

それにしても、なぜ蹄鉄を?

ロイ様が微笑みながら教えてくれる。

「蹄鉄には、幸運のお守りの意味があるのよ」

「そうなんですか?」

「気休めかもしれないけど、少しでも君の不安が和らげばいいなと思って」

ルカ様のその心遣いが何よりも嬉しかった。

私は蹄鉄を両手で受け取り、しっかりと胸元に抱きしめる。


「ありがとうございます。これ、入試の日に持っていきます」

そういうと、いつものようにルカ様の掌が優しく私の頭に触れた。

その温もりに、自然と笑みがこぼれる。


「ステラは、ちゃんと自分の道を歩いてるね」

鳶色の瞳が、私の笑顔を見て優しく細まった。

その眼差しに、私はもう一度、心の中で誓う。


限られた時間の中で、できることを全部やってみよう。

誰かの力になれるように。

そして、自分自身のためにも。


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