表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/62

17.思い出

「…じゃあ、勇さんや歳さんの最期も…」

「…知っていますけど…」

彼らの最期を正直に話すべきか―と、彼女の戸惑いを感じ取って、「大丈夫」と促した。


「…近藤さんは、沖田様が亡くなる二週間ほど前に官軍に捕らえられ、斬首されました。土方さんが助命を嘆願したり、回避の道を探したのですが、結局間に合わず…」


「―俺が死ぬ前に勇さんはもう…」


知らなかった。

けれど、これが真実だ。俺が知りたいと願ったことだ。

遠い昔に、想いを馳せる。


「いくら待っても便りが来ないわけだ…」

虚ろな声が、空気に溶けていった。


「…歳さんは?」

「土方さんは幕府軍と共に会津、仙台と北へ転戦し、最期は函館で銃弾に倒れました」

「死ぬまで戦ってたんだ」

「ええ。最期の時も、孤立した新選組を助けるために向かっていたそうです」


「最後まで優しかったんだな、歳さんは」

あの人らしい。

“鬼の副長”なんて呼ばれていたけれど、誰よりも繊細で、誰よりも優しかった。

新選組を、近藤さんを守るために―

俺も同じ気持ちだった。そのためなら、どれだけ手を汚しても構わなかった。

最初に俺の病気に気づいて、無理にでも休ませようとした彼から、俺は逃げ回っていた。

だって、まだ彼らと共に歩みたかったから。


「みんなが死んだこと、わかってるつもりだったんだけど…」

なのに、涙が止まらなかった。


喉の奥が焼けるように熱く、呼吸が浅くなる。

胸が軋み、声にならない嗚咽が漏れそうになるのを必死で堪える。


その時、背中に小さな重みを感じた。

ステラがそっと背中を預けてくる。慰めるように。

凍った心を溶かすような、背中越しのぬくもりが心地よかった。

それは、遠い昔に感じたものと似ていた。


――咳が止まらなかった夜、市中に出ようとした俺を、無理やり布団に押し戻した歳さん。

「総司、風邪か?しっかり休め」と、真顔で心配してくれた勇さん。

さりげなく、咳に効く薬を差し入れてくれた源さん。

いつも心配そうな顔をしながら、あえて言葉を飲み込んで、黙って横を歩いてくれた平助。



忘れたはずの記憶が、涙と共に甦る。

胸の奥にしまっていたものが、ひとつひとつほどけていく。


やがて涙は静かに止まり、吹く風が冷たくなってきた。

こんなに泣いたのは、初めてだった。


空高く、鋭く長い鳴き声が響く。フェナの声だ。

ロイから送られた、時間切れの合図。


「そろそろ、帰らなきゃ」

ステラからそっと体を離す。泣き終えた顔は、あまり見られたくない。


「皆じゃ、ありませんわ」


「え?」


振り向くと、ステラはこちらを見て、柔らかな笑みを浮かべていた。


「永倉新八さんは75歳まで生きました。新選組を離れた後も、彼や、島田魁さん、生き残った隊士たちによって、新選組は語り継がれてきたんです」


永倉さん、島田さん。

記憶の底から、二人の顔が浮かび上がる。


「それから、斎藤一さんも70歳ぐらいまで生きたそうですよ」

「斎藤も?」

「はい。斎藤さんは会津まで。島田さんは土方さんと共に函館まで戦いましたが、亡くなってはいません」


皆、死んだわけじゃなかったのか。


最期は、もう諦めていた。

誰からも便りがないことに、皆の死を。

立つことすらままならない自分の死を。


せめて戦いの中で死ねていたらと、何度思ったことだろう。


生まれ変わりを知った時、結局生きていても何も残せない。

残すことができない。

そう思っていた。

生きる意味も見いだせず、また自分の中から大事なものがなくなるのが怖くて、最初から諦めることで、予防線を張って生きてきた。

レンたちと出会って、楽しくなる時間が怖かった。

また失うかもしれないという怯え。

そろそろ引くべきかと思った矢先に、ステラと出会った。


過去の自分の名を呼んだ少女。

幼いのに、自分の未来を見据えて行動できる彼女が、同じ前世持ちだったとしたら、眩しくもあり、羨ましくも思えた。


そんな彼女が、自分たちが生きていた証を教えてくれた。

自分が生きた証が残っていたことが、こんなにも胸を熱くするとは思いもしなかった。


長い冬が終わり、春を迎えるように。

心に温かな陽が差し込むのを感じていた。


もう一度、フェナが鳴く。

時間切れだ。


「帰らなきゃ。ステラ」

差し出した手を、彼女が握り返す。

その手は冷えていたけれど、不思議と心が温かくなるのを感じた。


帰り道、ステラは色々なことを聞いてきた。

「いっぱい聞きたいことがあるんですけど、話すのが嫌だったら話さなくていいですからね」

「うん」

後ろ姿だけで顔は見えない。

けれど、彼女の目が輝いていることは、想像に難くなかった。


「ルカ様は、斎藤さんの正体をご存じで?」

「いや、歳さんは会津の人間じゃないかって疑ってたけど、結局わからなかったな。ステラの方が知ってるんじゃないの」

「それが…ご本人はあまり自分のことを語らなかったそうで。残っている文献だけじゃ確定できないんですよ」

「ははっ、あいつ、死ぬまで秘密主義だったか」

斎藤らしい。年長者が多い幹部の中で、同年代は彼と藤堂平助だけだった。

自然と親しくなっていった。

「どんな方でした?」

「口数は少ないし、秘密主義。でも歳さんには妙に忠実なところがあったな。あと、とにかく強かった」

「沖田様より?」

「三本中一本は取られてたな」

「沖田様の方が強いじゃないですか」

「ふふ、俺から一本取れるやつの方が珍しかったんだよ」


昔の話を、こんなにも楽しく思い出せる日が来るとは思わなかった。

胸が痛くなるようなことも、確かにあった。

でも今はただ、思い出を少女と語り合えることが嬉しかった。


楽しい時間は、あっという間に過ぎる。

屋敷に戻ると、すでに馬車と侍女が、怖い顔でロイと共に待ち構えていた。

「ごめん。遅くなった」

二人に謝って、ステラを引き渡す。


しゃがんで、ステラと同じ目線に立つ。


「ステラ、今日は本当にありがとう」

礼を言うと、少女は春のような笑みを浮かべた。

「いいえ。では、また」


その笑顔が眩しかった。


馬車に乗り込んだ彼女を、見えなくなるまで見送る。

その背中が遠ざかるたびに、胸の奥に灯った光が静かに広がっていくようだった。

長く心に差していた影が消え、少しずつ消えていく。

まるで、冬の終わりを告げる陽射しのように。


家の中に入ると、ちょうどハロルドが部屋から出てきたところだった。

俺の顔を見るなり、目元に優しい笑みを浮かべて、頭をなでてくる。


「ステラ嬢と仲直りができたようだな」


そんなに顔に出ていただろうか。

気恥ずかしくてそっぽを向くと、彼はそれ以上何も言わず、ただ静かに笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ