17.思い出
「…じゃあ、勇さんや歳さんの最期も…」
「…知っていますけど…」
彼らの最期を正直に話すべきか―と、彼女の戸惑いを感じ取って、「大丈夫」と促した。
「…近藤さんは、沖田様が亡くなる二週間ほど前に官軍に捕らえられ、斬首されました。土方さんが助命を嘆願したり、回避の道を探したのですが、結局間に合わず…」
「―俺が死ぬ前に勇さんはもう…」
知らなかった。
けれど、これが真実だ。俺が知りたいと願ったことだ。
遠い昔に、想いを馳せる。
「いくら待っても便りが来ないわけだ…」
虚ろな声が、空気に溶けていった。
「…歳さんは?」
「土方さんは幕府軍と共に会津、仙台と北へ転戦し、最期は函館で銃弾に倒れました」
「死ぬまで戦ってたんだ」
「ええ。最期の時も、孤立した新選組を助けるために向かっていたそうです」
「最後まで優しかったんだな、歳さんは」
あの人らしい。
“鬼の副長”なんて呼ばれていたけれど、誰よりも繊細で、誰よりも優しかった。
新選組を、近藤さんを守るために―
俺も同じ気持ちだった。そのためなら、どれだけ手を汚しても構わなかった。
最初に俺の病気に気づいて、無理にでも休ませようとした彼から、俺は逃げ回っていた。
だって、まだ彼らと共に歩みたかったから。
「みんなが死んだこと、わかってるつもりだったんだけど…」
なのに、涙が止まらなかった。
喉の奥が焼けるように熱く、呼吸が浅くなる。
胸が軋み、声にならない嗚咽が漏れそうになるのを必死で堪える。
その時、背中に小さな重みを感じた。
ステラがそっと背中を預けてくる。慰めるように。
凍った心を溶かすような、背中越しのぬくもりが心地よかった。
それは、遠い昔に感じたものと似ていた。
――咳が止まらなかった夜、市中に出ようとした俺を、無理やり布団に押し戻した歳さん。
「総司、風邪か?しっかり休め」と、真顔で心配してくれた勇さん。
さりげなく、咳に効く薬を差し入れてくれた源さん。
いつも心配そうな顔をしながら、あえて言葉を飲み込んで、黙って横を歩いてくれた平助。
忘れたはずの記憶が、涙と共に甦る。
胸の奥にしまっていたものが、ひとつひとつほどけていく。
やがて涙は静かに止まり、吹く風が冷たくなってきた。
こんなに泣いたのは、初めてだった。
空高く、鋭く長い鳴き声が響く。フェナの声だ。
ロイから送られた、時間切れの合図。
「そろそろ、帰らなきゃ」
ステラからそっと体を離す。泣き終えた顔は、あまり見られたくない。
「皆じゃ、ありませんわ」
「え?」
振り向くと、ステラはこちらを見て、柔らかな笑みを浮かべていた。
「永倉新八さんは75歳まで生きました。新選組を離れた後も、彼や、島田魁さん、生き残った隊士たちによって、新選組は語り継がれてきたんです」
永倉さん、島田さん。
記憶の底から、二人の顔が浮かび上がる。
「それから、斎藤一さんも70歳ぐらいまで生きたそうですよ」
「斎藤も?」
「はい。斎藤さんは会津まで。島田さんは土方さんと共に函館まで戦いましたが、亡くなってはいません」
皆、死んだわけじゃなかったのか。
最期は、もう諦めていた。
誰からも便りがないことに、皆の死を。
立つことすらままならない自分の死を。
せめて戦いの中で死ねていたらと、何度思ったことだろう。
生まれ変わりを知った時、結局生きていても何も残せない。
残すことができない。
そう思っていた。
生きる意味も見いだせず、また自分の中から大事なものがなくなるのが怖くて、最初から諦めることで、予防線を張って生きてきた。
レンたちと出会って、楽しくなる時間が怖かった。
また失うかもしれないという怯え。
そろそろ引くべきかと思った矢先に、ステラと出会った。
過去の自分の名を呼んだ少女。
幼いのに、自分の未来を見据えて行動できる彼女が、同じ前世持ちだったとしたら、眩しくもあり、羨ましくも思えた。
そんな彼女が、自分たちが生きていた証を教えてくれた。
自分が生きた証が残っていたことが、こんなにも胸を熱くするとは思いもしなかった。
長い冬が終わり、春を迎えるように。
心に温かな陽が差し込むのを感じていた。
もう一度、フェナが鳴く。
時間切れだ。
「帰らなきゃ。ステラ」
差し出した手を、彼女が握り返す。
その手は冷えていたけれど、不思議と心が温かくなるのを感じた。
帰り道、ステラは色々なことを聞いてきた。
「いっぱい聞きたいことがあるんですけど、話すのが嫌だったら話さなくていいですからね」
「うん」
後ろ姿だけで顔は見えない。
けれど、彼女の目が輝いていることは、想像に難くなかった。
「ルカ様は、斎藤さんの正体をご存じで?」
「いや、歳さんは会津の人間じゃないかって疑ってたけど、結局わからなかったな。ステラの方が知ってるんじゃないの」
「それが…ご本人はあまり自分のことを語らなかったそうで。残っている文献だけじゃ確定できないんですよ」
「ははっ、あいつ、死ぬまで秘密主義だったか」
斎藤らしい。年長者が多い幹部の中で、同年代は彼と藤堂平助だけだった。
自然と親しくなっていった。
「どんな方でした?」
「口数は少ないし、秘密主義。でも歳さんには妙に忠実なところがあったな。あと、とにかく強かった」
「沖田様より?」
「三本中一本は取られてたな」
「沖田様の方が強いじゃないですか」
「ふふ、俺から一本取れるやつの方が珍しかったんだよ」
昔の話を、こんなにも楽しく思い出せる日が来るとは思わなかった。
胸が痛くなるようなことも、確かにあった。
でも今はただ、思い出を少女と語り合えることが嬉しかった。
楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
屋敷に戻ると、すでに馬車と侍女が、怖い顔でロイと共に待ち構えていた。
「ごめん。遅くなった」
二人に謝って、ステラを引き渡す。
しゃがんで、ステラと同じ目線に立つ。
「ステラ、今日は本当にありがとう」
礼を言うと、少女は春のような笑みを浮かべた。
「いいえ。では、また」
その笑顔が眩しかった。
馬車に乗り込んだ彼女を、見えなくなるまで見送る。
その背中が遠ざかるたびに、胸の奥に灯った光が静かに広がっていくようだった。
長く心に差していた影が消え、少しずつ消えていく。
まるで、冬の終わりを告げる陽射しのように。
家の中に入ると、ちょうどハロルドが部屋から出てきたところだった。
俺の顔を見るなり、目元に優しい笑みを浮かべて、頭をなでてくる。
「ステラ嬢と仲直りができたようだな」
そんなに顔に出ていただろうか。
気恥ずかしくてそっぽを向くと、彼はそれ以上何も言わず、ただ静かに笑っていた。




