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無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


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14.予感

楽しい祝祭の喧騒が過ぎ、年が明けると、人々はまた日常へと戻っていった。


久しぶりにロイ様の家を尋ねると、ルカ様の姿はなかった。

以前にもこういうことはあったが、好意を自覚してからは、その不在が胸に沁みる。


ロイ様から渡された魔力回復の飴を、自分で缶から取り出して口に含む。

膝の上にジェットが乗ってきた。すっかり元気になったその姿に安心する。

暖を求めているだけかもしれないが、懐かれたようで思わず頬が緩んだ。


「今日はルカ様は?」

「ギルドからの依頼で他のパーティーと討伐だってさ。…ってか、お前、ハロルドがいない時は何も言わないのに、ルカがいない時だけ聞くよな?」

レン様のからかうような言葉に、思わず動揺するが、平静を装って話題を変える。


「パーティーって、自由に組めるものなんですか?」

なんとなく、一度組んだら、ずっと同じメンバーで行動するものだと思っていた。

「そこはパーティーによりますね」

ハロルド様が穏やかに答える。

「ルカは元々ソロの冒険者です。ある事情で私たちとも組んでいますが、基本的には自由に動ける立場です。他のパーティーに助っ人として加わることもあれば、単独で討伐に行くこともありますよ」


そうだったのか。

“ある事情”は聞かない方がいいのだろう。けれど、私は改めて、ルカ様のことを何も知らないのだと気づかされた。


「前に、孤児院に連れて行ってもらった時、『灰狼の牙』から誘いを受けてたって聞いたことがあります」

「そうみたいですね。本人から直接聞いたわけではありませんが、国内の有力パーティーから何度も声がかかったけど、どんな好条件でも全部断ったって噂もあります」


冒険者ギルドのランクは、最下のFから最上のSまでの七段階。

上に行くほど人数は少なくなり、Sランクともなれば有力な商人並みの財力を得ることもできる。

貴族制のこの国において、身分に関係なく実力で評価される数少ない職業でもあるため、目指すものは多い。だが、魔獣討伐やダンジョン攻略など、常に死と隣り合わせの過酷な道でもあった。


国内Sランクパーティーは確か三つ。Aランクは十ほどだったか。


「ルカ様って、そんなにお強いんですか?」

「…そうですね。たぶん、この国の騎士団長と同等かもしれません」

ハロルド様はそう言いながら、どこか誇らしげで、同時に悔しさを滲ませていた。


「そういえば、あいつの剣って変わってるんだろ?ニホントウって言ったっけ?」

レン様の言葉に、私は思わず息を吞む。

あの時、うっかり口にしてしまったことを思い出し、胸がざわつく。

「ええ。通常の剣は両刃でまっすぐですが、彼の剣は片刃で、少し反っているんです」

「それって、珍しいんですか?」

「この国や周辺では両刃が主流ですからね。私たちは幼い頃からそれに慣れています。不思議に思って彼に聞いたことがありますが、片刃の方が使いやすいとだけ言ってました」

「…どうやって手に入れたんでしょう?」

私の問いにハロルド様の口元がわずかに緩む。

「あるんですよ。古今東西の武器を集めて売っている店が。数は少ないですが、武器マニアの店主が珍品を揃えているんです」


なるほど。日本刀という名前は出てこないが、存在はしていたのか。

何かを思い出してレン様がフッと笑みをこぼす。

「そういや、あいつ、剣に名前つけてたな」

「名前…ですか?」

子どもっぽい一面を知って、思わず胸が高鳴る。だが、次の言葉に手が止まった。


「ヤスサダって言ったかな」


「…安定?」

「そう。今の剣を買った時、一緒にいたんだけど、見た瞬間にヤスサダだって」


その時、ロイ様が静かに口を開いた。

「東の国の人たちの名前にそういう響きがあるわね。あの子の剣と、何か関係があるのかしら?」

ロアミオ国の魔法学校には世界中から人が集まる。ロイ様は、その名が東方のものだと知っていたのだ。


三人が首を傾げる中、私はひとり、胸の奥がざわつくのを感じていた。


―『大和守安定』


かつての推しの愛刀。

ルカ様の“ヤスサダ”が、もしそれと同じなら―。


まさか。

でも、もし。


万が一、彼が私と同じ“転生者”だったとしたら?

それでも、推しとは限らない。

大和守安定は幕末期に人気を博し、多くの剣士に使われたと聞く。


それでも、心の奥で何かがざわめいていた。


その思いを抱えたまま、二ヶ月が過ぎた。

季節は冬から春へと移ろうとしているが、朝晩の空気はまだ冷たい。


―その間、私は一度もルカ様に会っていない。



魔法の修練は順調だった。

ロイ様が用意してくれた、瘴気に侵された花に無効化の魔法をかけると、ぽつぽつと黒い煤のようなものが固まり、霧のように消えていく。

その様子を見ながら、私は以前から気になっていたことをロイ様に尋ねた。


「ロイ様、瘴気が小さな塊になると、そこに文字のようなものが見えるんですけど…これって何ですか?」

ロイ様は目を見開いて聞き返す。

「文字?そんなのが見えるの?」

みんなも見えているものだと思っていたので、私も驚いた。

「はい」

「この花の瘴気を無効化できる?それで、見えた文字っていうのを教えてほしいの」

ロイ様は、私の手元にある瘴気に侵された花をじっと見つめている。


「星の記憶よ、花に宿りし闇を照らせ。 月の涙よ、静かに降りて命を潤せ。時の風よ、穢れを抱いて去れ」

詠唱すると瘴気がいくつかの小さな塊になり、さっきとは違う文字が一瞬だけ浮かぶ。

そのまま瘴気は消えていった。

私は手元の紙に、今見えた文字のようなものを書き写す。


『ᛋ』


それを見て、ロイ様が言った。

「瘴気が小さく固まっていくのは見えたけど、文字は私には見えなかったわ。どの瘴気もこの文字なの?」

「いいえ。一瞬だけなのではっきりとした文字をすべて覚えているわけではないんですが…」

そう言って、記憶に残っている文字を書き出す。

『ᚪ、ᛒ、ᚠ』

「多分、こんな感じの文字です」

「どこかで見たことあるんだけど…」

ロイ様はそう呟いて、考え込む。


「ステラ、これから文字が見えたら全て書き留めてもらえる?」

「わかりました」



修練にも慣れ、最初の頃のように疲れ果てることはなくなった。力の加減を覚えてきたせいかもしれない。

それでも、ロイ様は回復の飴を渡してくれる。

私は缶を開けて、一粒を口に放り込む。


そのたびに、彼のことを思い出す。

こんなに長く会わないのは初めてだった。

いない日があっても、次の修練の時には必ず姿を見せてくれたのに。


…避けられている?


最後に会ったのは、祝祭前の街中。

目が合った時、彼は優しく微笑んでくれた。


その後―私が「日本刀」と口走った時、彼はどんな顔をしていただろう。

思い出せない。


でも、もし理由があるとしたら、あそこしか思い当たらない。

私が“日本”を知っていることを、彼は不審に思ったのかもしれない。


…同じ転生者だから?

それとも、私の思い過ごし?

頭の中を、同じ疑問がぐるぐると巡る。


「お前さ、最近ぼーっとしてること多くね?」

突然、レン様の声がして、私ははっと顔をあげた。

彼はクッキーをかじりながら、こちらを見ている。

「ルカのこと、そんなに気になるのか?」

「…別に」

レン様は視線を外し、ぽつりと続けた。

「あいつ、何考えてんのかわかんない時あるけど、お前のこと、嫌いなわけじゃない。むしろ…」


それ以上は言わず、レン様は視線を窓の外に向けた。

部屋の空気が、少しだけ静まり返った。


魔法の修練は、今のところ順調だ。

紅茶とお菓子も、いつも通り美味しい。

レン様たちとの他愛ない話も、国政の話も、楽しい。


それでも―

この場所に、あの人の姿がないことが、私の心に静かに、確かに、寂しさを積もらせていった。


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