あじさいの咲く庭で9
*
それからも、トガクは毎日のようにやって来て、二人で色々な話をした。
「大丈夫か?お前、顔色がよくないぞ。いつも横になってるし、病気なのか?」
トガクがやって来ると、正幸は布団から抜け出して、縁側へと向かった。この時間、いくら店に閑古鳥が鳴いていても、両親は店に出ているので離れに戻ってくる事はない。トガクには、お茶やお茶菓子などを出しているが、それも正幸が食べたと言えば、客が来ていると疑われる事はなかった。それよりも両親は、正幸に食欲がある事を喜んでくれている。嘘をついているみたいで申し訳なかったが、本当の事を言う訳にもいかない。今日も、台所へ向かおうとしたのだが、それを引き止めるよう声をかけられ、その心配そうな眼差しに、正幸は嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちになった。
「えっと、生まれつき体が弱いんだ。でも安心して!人にうつるようなものじゃないから」
焦って返答すれば、トガクは気の抜けたように頬を緩めた。
「安心しろ、人の病気が妖にうつることはない。大抵のものは治るしな。辛いなら、寝てろ。俺は勝手に雨宿りさせてもらうから」
「ううん、今は元気。元気になった!」
せっかく会えたのに、トガクが帰ってしまうと思った正幸は、慌ててトガクの隣に腰かけた。その様子に、トガクは少し心配そうな表情を見せたが、それでも正幸の気持ちを尊重してくれたようだ。
「しんどかったら、寝てていいんだからな」
「うん、ありがとう。ずっと寝てたから、暇だったんだ。だから、トガクさんが来てくれると嬉しくて」
「…俺も、人間とまた話せるのは楽しい。人間の目に映る事は、早々ないからな」
僕と、じゃなくて、人間と、か。
正幸は少しの寂しさを覚えながらも、気持ちを切り替えて顔を上げた。
「…どうして人には、見える人と見えない人がいるんだろう」
そう尋ねれば、トガクは「そうだなぁ」と呟き、顎に手をやった。悩んだり考え込む時の癖なのだろうか、そんな何でもない仕草にも、正幸の胸の奥は、そわそわしてしまう。
「お互いに、生きる時間の長さが違うからかもしれないな。お前達人間と違って、俺達妖は、長い間生き続ける。見た目もほとんど変わらない。ずっと若い見た目で良いって言う奴らもいるが、それもどうなんだろうって思うよ。時折、俺の時間だけ時が止めて、何も成長してないんじゃないか、とかさ。
それに、どうしたって人は先に逝く。それを見送るばかりは寂しいじゃないか」
そう言って、重ならないトガクの瞳に、そわそわしていた正幸の胸は途端に不穏な重みを感じて、正幸はしとしとと降り続く雨粒の行方を追った。
自分も、トガクにとっては寂しい存在でしかないのだろうか。そう思う傍らで、どうしてもその横顔に、トガクが大切に思う人の影が見えてしまって、アサジのような特別な力を持たない自分では、トガクの隣には釣り合わないのだろうなと、何重にも気持ちが落ち込んでしまう。
どうして、自分は人間なのだろう。もし妖だったら、こんなに体も弱くなく、トガクのような翼を持って、自由に空を駆ける事が出来たのだろうか。
「…正幸?」
どうしたと、尋ねるように名前を呼ばれ、正幸ははっとして顔を上げた。
「ううん…どうして、僕にはトガクさんが見えるんだろうって、ちょっと考えちゃって」
これも実際に疑問に思っていたことだが、自分も妖だったら良かったのにと思い馳せていた事は、なんとなくトガクに言う事が出来なかった。
言葉にしたら、トガクとの距離は縮まるのだろうか。それよりも、ただ、今の自分から逃げているだけだと思われないだろうか。だって、自分が人間で、今のこの状況があったから、トガクと会えたのだ、それなのに、こうじゃなければ、こうだったらと良いのにと、誰かを羨んでばかりいる。
こんな臆病な自分を、トガクはどう思うだろう。そんな事を考えていたら、正直な思いなんて口に出せる筈はなかった。
そんな正幸の葛藤は露知らず、トガクは真剣に正幸の疑問について考えてくれているようだった。
「アサジが掛けた、紫陽花のまじないに触れるこの環境がのせいとか?正幸が持って生まれたものが、それによって解放されたのか…。俺もよくは分からないが…、でも、こうしてお前と話してるのは楽しいな」
そう照れくさそうに微笑まれ、正幸は悩んだ事も忘れ、ぶわっと顔を熱くした。人間だからではなく、自分と過ごす時間が楽しいと思ってくれている。その理由は分からないが、ただお喋りしかしていないのに、それなのに、もしかして同じ思いでいてくれるのかと、勝手に舞い上がった胸がどきどきして、顔が上げられなくなる。
「おい、顔が赤いぞ」
こんな簡単に勘違いしちゃだめだ、そう思う正幸だが、心配そうにトガクが顔を覗き込んできたものだから、その顔の近さに、本当に熱が出てしまいそうだと、軽くパニックになってしまう。




