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あじさいの咲く庭で7


***



あの雨の日に出会って以降、トガクはよく雨宿りに、正幸の元を訪れるようになった。話を聞くと、トガクは久しぶりにこの町に戻ってきたという。


トガクの住みかは、この洋館の向こうに見える山の奥で、この離れの庭に立ち寄ったのは、懐かしさからのようだった。

正幸は、ふわふわとした気持ちをどうにか押し込めて、縁側に腰かける彼の隣に座った。


「紫陽花ってさ、魔除けとか獣避けに使われてたって話があるだろ?昔は、この辺りはまだ山の中で、その時から洋館の周りには沢山の紫陽花が植えられていた。アサジは、それに妖避けのまじないをかけてもいたんだ」

「それって、トガクさんは平気なの?」

「俺には効かない、俺の為のまじない、結界でもあったからな」

「え?トガクさんも妖なのに?」


そう尋ねると、トガクはどこか懐かしそうに目を細めた。まるで、ここに居ない誰かをこの雨の庭に呼び出しているかのようで、正幸の胸はざわざわとして落ち着かなくなる。


「傷を負った俺を、アサジが助けてくれたんだ。アサジは祓い屋の人間だったらしいけど、その時は廃業しててさ。俺はこれでも、そこそこ強い妖でさ、弱ってた所を他の妖に狙われていたんだ。俺を倒したとなれば、妖としても箔がつくからな。

そんな俺を不憫に思ったのか、それとも、人を見ても襲わない俺を見て、良い話相手だと思ったのか…。まぁ、それで、体の傷が癒えるまで、この洋館に世話になっていたんだ」


トガクは、優しく笑う。ここにいない誰かを思うその眼差しに、正幸はきゅっと胸が苦しくて、こちらを見てくれない寂しさに、なんて自分は勝手なのだろうと、トガクにとっては大事な思い出なのに、それに対して嫌な気持ちを抱くなんて。

正幸は、そんな自分が最低な人間に思えて、そんな自分の気持ちを追い払うように口を開いた。


「その、アサジさんって、トガクさんの大事な人だったんだね」


どうにか気持ちを押し殺して、正幸は必死に口を動かした。それに、この必死さがトガクに伝わってしまったらどうしようと思えば、トガクの顔も見れなくなって、正幸は、ハラハラしながらトガクの答えを待った。待ったといっても、ほんの数秒だ。それが正幸にはとてつもなく長い時間に感じてしまったのだが、トガクはといえば、そんな決死な覚悟を決めているような正幸を見て、そっと眉を下げて微笑んでいた。


「そうだな。俺にとっては、少し特別だったな。初めて対等な目線で話せた人間だったからな」


その穏やかな語り口に、正幸はそろそろとトガクを見上げた。その時には、トガクはもう雨降る庭を見つめていて、正幸はやはり落ち着かない思いを鎮めるのに必死だった。


「…その、どんな、人だったの?」

「そうだなぁ…まるで熊のような大男だったが、人を襲わないなら妖にも寛容だった。勿論、人にもな。よく町の住民に慕われていたよ。

だが、ほとんどの人間は妖なんて見えないから、いつしか変わり者だとして、人里から追いやられてしまったようだ。元々の住まいが、この山の中に建つ洋館だったからな。妖を祓うどころか、妖と繋がりがあるんじゃないか、取り憑かれてるんじゃないかって思われ始めてさ。山から出てくるなと、酷い扱いで、見ていて良い気持ちにはならなかったよ」

「それじゃあ、アサジさんはずっとここに?一人でいたの?」

「いや、ずっと山にこもってる奴じゃなかったな。いくら嫌われても、妖を責めはしなかったし、人との関わりも諦めていなかった。それに、一人じゃなかったしな。アサジには、嫁がいたからさ。虐げられても強くいられたのは、彼女がいたからだろう。良い奴なんだ、見えない筈なのに、俺の事も尊重してくれてさ」


そう語る瞳が、どこか寂しく揺れた気がして、正幸は思わず視線を逸らしていた。

トガクは、どんな気持ちで二人を見ていたのだろう。そう思うと、先程とは違う意味で胸が苦しくて、トガクの見てはいけない思いを覗いてしまったような気がして、見ているのが辛かった。

でもそれも、自分が傷つきたくないだけかもしれない。結局、トガクに思われる誰かを、見るのが辛いだけだ。


「俺の、大鴉(おおがらす)の姿を見てもさ、綺麗と言ってくれたのは、お前とアサジだけだった。まぁ、俺にとっては、それだけだ。アサジは彼女と添い遂げたし、最期も、俺は遠くから見送るだけだった。こんな時、寂しいな。あまりにも人間と妖は違いすぎるってさ」


その笑う顔が寂しくて、正幸の胸が、またぎゅっと苦しくなる。トガクが悲しむのは辛いけど、こんな風にトガクに思い出してくれるアサジの事を羨ましく思えて、正幸は、そんな自分が酷い人間に思えて落ち着かなかった。

俯いてしまった正幸を、トガクはどう思ったのだろう、彼は湿気のせいで少し丸くなった正幸の襟足を見つめ、それに手を伸ばそうとしたが、その手は行き場を諦めて、ただ床に落ち着いた。



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