表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あじさいの咲く庭で《BL》  作者: 茶野森かのこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/20

あじさいの咲く庭で16



「やべ、大丈夫か!?」


そして、体を起こした男の顔を見て、正幸はきょとんとした。変質者と思われる男は、自分を抱えたままの状態でソファーに飛び込んだのに、目の前の男の顔が、記憶の中にある愛しいその人の姿と重なった。その顔が少し若くなる、結っていた髪も長くなって、着ているものも黒い着流し姿、間違いなく、あの日のトガクの姿だ。


「…え?トガクさん…?」


一体、自分は何を見ているのか、まさか夢でも見ているのかと、正幸は何が現実なのか、目の前のことが全く理解出来ていない状況だ。そんな正幸に対し、目の前に現れたトガクは、困ったような溜め息を吐いて、それでも愛おしそうに正幸の前髪をそっと撫でた。


「そうだよ…ったく、急に暴れるから、驚いて変化が解けちまったよ」

「…え?え?どういうこと…?本当にトガクさん?変質者じゃないの…?」


混乱の極みにいる正幸の言葉に、トガクは「は!?」と驚愕したが、少し考えた様子を見せ、気まずそうに頭を掻いた。


「さっきの姿は、今の俺が年取ったように見えなかったか?」

「え?うん、そう見えはしたけど…でも、見た目は年取らないって言ってたから」


正幸がそう言えば、トガクはそういうことかと頭を抱え、それから気を取り直して「ちょっと見てろよ」と、咳払いをした。それから、パンと手を叩くと、その姿は先程の男のものに変わり、正幸はあんぐりと口を開けた。


「え、え?じゃあ、さっきの、」

「俺だよ。だって、お前の隣に居るには、本来のこの姿のままじゃ若すぎるだろ?だから、単に人に見えるように化けるだけじゃなく、見た目を変える力も習得する事にしたんだ。だから、余計に時間がかかっちまったんだよ」

「…じゃあ、あの、僕をつけてたのって、」

「あー、バレてたか。いや、つけてたっていうか、見守ってたっていうか、探ってたっていうか…。人の姿への変化が安定してきたから、ようやく真正面からお前に会いに行けるって思ったら、お前の周り、やけに人間がいるし、なんか、男やら女やら、お前のこと狙ってそうな奴がわんさかいるから、気になるだろ」

「…何だよそれ、そんな訳ないだろ…」

「いや!気のある奴ばっかりだろ!ここに入り浸る大男や女も然りだ!お前は、もうちょっと危機感をだな、」


トガクはそこで、はたとして言葉を切った。正幸がトガクに抱きついていたからだ。予想外の接触に、トガクはかっと頬を赤くして、思わずホールドアップしたが、抱きついたその肩が微かに震えていることに気づいたのか、トガクはそっとその頭を撫でた。


その腕の温かさに、優しく触れる手の平に、正幸はどうしたって胸がいっぱいになる。目の前にトガクがいる、それだけでもう苦しいくらいなのに、ちゃんとこの体を心ごと受け止めてくれるのだ、思いが溢れて止まらなくなる。

妖にとっての二十年は、もしかしたらそんなに長い時間ではないのかもしれない。でも正幸にとっての二十年は、諦めかけた二十年は、途方もない時間で。

それなのに、出会ってしまえば、一瞬にして時間の差も埋まってしまうようで。

こんな風に胸がぎゅっとして苦しいのに、先程までの苦しさとは全然違う。トガクはもしかしたら、妖ではなく魔法使いなのではないだろうか。時も超えて、苦しいも嬉しいに変えて、悲しいも優しさに包んでしまう。

正幸の全てを変えてしまう、愛おしさに涙が止まらない。


「…悪い、待たせた」

「…本当だよ、もう僕なんかに興味がなくなったと思った」

「そんな訳ないだろ、どれだけ頑張ってきたと思ってるんだ」

「だって、僕はもうオジサンだし、あの頃と全然変わっちゃったし」


トガクの胸に顔を埋めて、ぽつりぽつりと鼻をすすりながら呟く正幸は、その弱々しい言葉とは裏腹に、トガクの体にしがみつく腕にぎゅっと力を込める。トガクは、その様に微笑みを深め、その体を大きな腕でいっそう抱きしめた。


「俺からしたら、それすらも愛おしいよ」

「…え?」


正幸が顔を上げれば、涙に濡れた頬をトガクは優しくその手で拭って、それから盛大に眉を顰めた。


「お前、いつから熱あるんだよ!とにかく、横になれ」

「え、でも、」

「大丈夫だ。あの親子は、暫くは店で手一杯で、邪魔しにこないだろう。俺も人の生活はちゃんと予習してきてるから、」


そう言いながら動き出そうとするトガクに、正幸は咄嗟にその着物の袖を掴んだ。トガクが何を話しているのか咄嗟には理解出来なかったが、それより何より、ちゃんと確かめなくてはいけない事がある。


「帰らない?ここにいる?どこにも行かない?」


もしかしたら、まだ夢を見ている可能性もある。このままトガクがどこかへ行ってしまったら、今度はいつまで待てば良いのだろう。そんな不安に頭がいっぱいになってしまう正幸だが、トガクはその言葉に眉を下げ、それから袖を掴んだ正幸の手を握った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ