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あじさいの咲く庭で《BL》  作者: 茶野森かのこ


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あじさいの咲く庭で11



積極的にレストランで働くようになってから、正幸は町でも目立つ存在となっていた。

小さな町だ、それも、古くからある紫陽花の咲く洋館は、閑古鳥が鳴いていても目立つし、正幸の容姿も人目を引く。そんな洋館の一人息子が、体が弱くてなかなか外にも出られなかった筈なのに、最近では店以外でも、川原や山で見かけるようになった。体力をつける為だろうかと思われていたが、どうやらその様子が少しおかしい。正幸は、一人でいる筈なのに、まるで誰かと一緒にいるみたいだった。誰もいないのに、まるで隣に誰かがいるみたいで、その表情は嬉しそうで、楽しそうで。一人でいるのに、誰に話しかけているのだろう、誰を見上げているのだろう。もしかしたら、長く体を患った為に、頭がおかしくなってしまったのかと、正幸は奇怪な目で見られ、噂されるようになっていた。


その噂は、正幸の耳にも入っていた。正幸を避ける客もいたが、両親は正幸を思い、おかしな噂なんて気にするなと守ってくれていた。そんな優しい両親に対して、実際はトガクと過ごしている事に、正幸は申し訳なさを感じてはいたが、それでも、正幸にトガクと会わない選択肢はなく、何より、誰に噂されようとも、正幸はあまり気にしていなかった。


だって、仕方ない。誰の目に見えなくても、彼はここにいるのだから。トガクは自分の目の前にいて、言葉を交わして、そっと手を繋いで。蛍の飛ぶ夜に、こっそりと家を抜け出した時、背中に黒い翼だけをはやしたトガクに抱えられ、空を飛んだこともあった。その時は、ぎゅっと抱えられている事への恥ずかしさに、心臓がどうにかなってしまいそうだったけど、それでもその体験は夢なんかではない。温かく、逞しい腕に包まれて、暗い夜空を飛んでいても、少しも怖くなかった。少しひんやりとした夜風が頬の熱に心地よく、何よりもトガクの腕の中は安心感しかなかった。川原に降りたっても離れたくなくて、子供みたいに着物を摘まんでみれば、トガクは困ったような、照れくさいように笑って抱きしめてくれた。森の夜を彩る淡い光に包まれて、心の内を伝えあった。トガクの腕の中は、優しくて温かくて、心をそっと解きほぐしてくれるみたいで。

あんなに素敵な夜はない。星よりも、蛍の灯りよりも、彼の瞳が見つめてくれていること、苦しくて触れあった唇が、夢みたいに溶けて。目を覚ました布団の中、隣で手を繋いで眠ってくれていたその姿に、涙をこぼしてしまったのだって、正幸にとっては真実で、宝物以外の何物でもない。


この愛おしさを、どうしたら手放せるだろう。この幸せを、どうしたって手放せそうにない。だから、外野が何を言ったところで、正幸の心は無敵だった。


それなのに。






「もう、会わないって、どうして?」


それは、トガクからの唐突な申し出だった。誰もいない離れの家で、二人が出会った紫陽花の庭で、トガクは目を合わさないままに呟いた。まさか、簡単に頷ける訳がない、その黒い着物の袖を掴んで、正幸はトガクを見上げた。こちらをなかなか見てくれないトガクが悲しくて、「どうして」と、重ねて尋ねようとしたが、声が震えてしまいそうな気がして、代わりにその袖を掴む指にぎゅっと力を込めた。僅かに引いた袖に、トガクは視線を迷わせながらも正幸を見やれば、その表情がどこか悲しく、苦しそうに歪んだのを見て、正幸はきゅっと唇を噛み締めた。

その表情に、トガクが軽はずみに話をしている訳ではないと、どうしたって気づいてしまう。


「言ったろ、妖と人間は生きる長さが違う。俺より先に、お前は歳を取るだろう。気持ち悪いだろ、いつまでも成長しない存在なんてさ」

「そ、そんなの気にする訳ないよ、トガクの方が嫌かもしれないけど、」

「嫌な訳ないだろ、だったらお前のことを、」


トガクは言いかけて、はっとした様子で唇を噛んだ。


「…俺は、人に化けられる力はないんだ」


トガクは、正幸の目を見ないまま、正幸の手の甲に触れた。そのまま着物の袖から手を引き剥がされるかと思ったが、トガクは正幸の手を取り、その手を大事そうに触れた。その仕草に、正幸はまたきゅっと唇を結んだ。涙が溢れてきそうなのは、二人の間に見えない壁があるからだ。簡単に乗り越えられると、そもそも、自分とトガクの間には、そんな壁さえないと思っていた。アサジと自分は違う、トガクだってそう思っている筈だと。


だから大丈夫、外野からどんな視線を投げかけられようと関係ない。妖と人間だからって、誰に見えなくたって、トガクはここにいる、二人が思いあっていれば、どんなことだって障害にすらならない。


けれど、トガクはそうではなかった。それは、正幸が思うほど軽いものではなく、トガクの中では、深く根を張って絡みついている問題なのではないか、正幸はトガクの表情をそんな風に読み取ってしまい、自分がいかに浮かれ、トガクの気持ちに気づいていなかったか思い知らされるようだった。


けれど、だからといって。


自分の浅はかさに気づいて、今更ながらに後悔したが、それでも、このままトガクの言葉を受け入れる訳にいかなかった。


正幸は、触れられた手をぎゅっと握りしめた。


「…僕なら、平気だよ」


震えそうな声を必死に抑えはしたが、トガクには縋るように聞こえてしまっただろうか、聞き分けがないと嫌に思っただろうか。けれど、他に言葉も方法も見つからない、正幸には、トガクを引き止める方法が分からない、だから、ただまっすぐと伝えるしかない。


「誰に何を言われても、気にしないし、トガクさんの事も、絶対にバレないようにするよ、もし、説明しても良いなら、皆にちゃんと説明するし、」

「説明って、他の奴らに俺は見えないんだぞ」

「でも、だって、ここにいるのに!」


溜め息混じりの言葉が悲しくて、思わず声を荒げていた。悔しさが込み上げて、涙の気配がまた込み上げてくる。




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