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あじさいの咲く庭で《BL》  作者: 茶野森かのこ


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あじさいの咲く庭で10



「だ、大丈夫、その、トガクさんが、かっ、か、かっこいいから」


だから見ないでと、顔を覆うように腕で隠したが、トガクの反応がなくなると不安になる。もしかして、この恋心が伝わって引かれたりしただろうか、もしそうなら、もう会ってくれないかもしれない。そう思った正幸は、焦って腕をどかすと、トガクを見上げた。


「あの!」


そうやって見たトガクは、そっぽを向いており、立てた片膝に腕を掛けて頬杖をついているようだった。まさか、顔が見れないほど嫌な気持ちにさせてしまっただろうかと、焦って弁明しようとしたが、それは言葉になる前に、正幸の中から消えてしまった。頬杖をついたその手は、口元から顔を覆うようで、見えるその耳も頬も赤くなっている。その様子に、正幸が時を止めて固まっていれば、トガクがそろりとこちらに視線をよこした。


「…なんだよ」


言いかけた言葉の先を促しているのだろうか、だが、用意した言葉は正幸の中から既に消えてしまっている。トガクがこちらを見た事で、正幸は止めていた時間をようやく取り戻し、焦って何か言わなきゃと言葉を探したが、熱い頬が邪魔をして、しどろもどろに視線を床に彷徨わせるばかりだ。


「…あ、雨、上がりませんね」


どもってしまった事が、また恥ずかしい、これ以上はどうやって誤魔化せば良いのか、そもそも何を誤魔化そうとしているのか。えっと、と口を開けては閉じてを繰り返して、うろうろと伏せた視線の端で、トガクの着物が擦れる音がした。立てていた膝が倒れたと思ったら、そっと近づくその気配に、どきりと跳ねた鼓動を治める間なんてなく、そっと髪を耳に掛けられて。耳に触れた指先の感触が、嘘みたいに全身に駆け巡って、大人しくなんてしていられない。驚いたように肩が跳ねて、弾かれたように顔を上げてしまえば、正幸の過剰な反応に、トガクは目をぱちぱちと瞬いて、それから、ふはっと吹き出すように笑った。

正幸は、あ、とか、え、とか、言葉にならない声を繰り返すばかりだ。触れたというよりは、掠めたに近いトガクの指先は、最早どこに触れたかも覚えていないほど、正幸は耳やら頬やらを真っ赤に染めて、またもや、うろうろと視線を彷徨わせるばかりだ。


どうしよう、バカみたいに反応して。意識してるのが完全にバレてしまう、いや、それよりも、いよいよ頭のおかしい奴とか思われてたらどうしよう。


パニックに近い心境に、あたふたとしていた正幸だが、笑うトガクの顔を見てしまったら、不意に気づいてしまった。

からかいではない笑い顔、こちらを見つめる瞳の、穏やかで優しいこと。騒ぐ胸が落ち着くことはないけれど、赤い頬から熱が引くことはないけれど、この時間の尊さに突然気づいてしまったら、もうその瞳から目が逸らせなくて。

じっと見つめてしまったら、不意に視線が重なって、どきりと震えた胸は、もう不必要に正幸を怖がらせることはなかった。


ぽつりぽつり、雨音が静かに遠退いていく。遠くの空には虹も薄ら見えるだろうか。雨の滴をひとつ零して、紫陽花の葉が鮮やかに優しく揺れる。寄り添う二人を囲うように、守るように、雨が上がった。







それからも、二人は一緒の時間を過ごした。正幸の体調は少しずつ良くなって、店の仕事を手伝えるようになると、時間を作ってトガクと外に出かけた。


正幸の体調が良くなったといっても、まだ本調子ではない事や、普通の人間に姿は見えなくても、トガクは人間が大勢集まる中に出向くのは苦手だという事もあり、町へ出掛けることはなかった。川原や山、人目や妖の目を避けて散歩をして、冷たい川の水に手を触れて、草むらを裸足で歩いて、森のささやく風に揺られ寄り添い、木漏れ日の中でお喋りをして。何でもないことだが、ただ一緒の時間を過ごすことが、こんなにも愛おしい時間になるなんて、正幸は、ついこの間まで思いもしなかった。


もし、過去の自分に会いに行けるなら、全てに悲観していた自分に教えてあげたい。自分でも思ってもみなかった事が人生には訪れると。そんなこと言われても、それは成功者だから、人生を謳歌している人間だからそう思えるんだと、今まではそう(ひが)んでいたが、実際は、そうではなかった。


隣に、会いたい人がいる。人ではないし、家族にも紹介できないけれど、間違いなく正幸にとっては大切な存在で、どんな瞬間も夢みたいに幸せだ。


トガクがいるから、仕事についても前向きに考えられるようになった。体調と折り合いをつけながらだが、それでも、レストランをこの先も維持出来るように、勉強や経験も積んでいこうと考えている。


だって、トガクと約束したのだ。あの洋館と離れ、紫陽花の庭を守ること。


だから、正幸の未来は、希望に溢れていた。嘘みたいに、明日が待ち遠しい日々だ。それはトガクも一緒の気持ちのはず、きっと、二人でこの先も幸せになっていくのだと、正幸は思っていた。

人と妖だって、幸せになれる。自分は誰よりも長生きをしよう、健康にもならなくては。トガクと一緒の時間を生きる為に。その為なら、どんなことにだって耐えられる覚悟だ。



だが、トガクは少し違うようだった。




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