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9.アマルの帰国

 スクードベリー領主の屋敷バーヴェイト・ホールでは、アマルの背中の抜糸が行われている。ジェインは立ち合い、傷の具合を確認していた。


 何回かチョキンと音がしたのち、最後に軍医がアマルの傷跡に軟膏を塗って終わる。


「しばらくはこの軟膏を塗ってくださいね」


 ジェインは軍医を屋敷の外まで見送り、その際、ちょうど郵便配達員が来てメイドに一通の手紙を渡しているのが見えた。


 軍医を見送り終えてから、ジェインは先ほど配達員とやり取りしていたメイドのもとに行き、手紙を受け取ろうとすると、メイドが首を横に振った。


「いいえ、こちらはジェイン様宛ではなく……」


「他に誰あてで届く?」


「あの……実は以前アマル様に手紙を出して欲しいと頼まれたことがあり、それで、返事が来たらこっそり持って来て欲しいと頼まれていました……」


「アマルに?」


「申し訳ございません!」


「別に構わないが、その手紙は私からアマルに渡してもいいかな」


 ジェインはにっこりと微笑んで手を差し出す。メイドは恭しく手紙を差し出すと、顔を真っ赤にして大あわてで仕事に戻って行った。


 ジェインがアマルの部屋に戻ると、アマルは待っていたようにジェインを見つめた。


 アマルは腕を伸ばし、手のひらをジェインに向かって差し出す。


「俺宛の手紙だろ?」


「見てたのか?」


「ああ、窓から見えた」


 ジェインは手に持っていた手紙をアマルに渡した。


 アマルは手紙を開いて読み始めると、途中で眉間に深い皺を作る。読み終える頃には、アマルの周囲は重苦しい空気に包まれていた。


「ジェイン、これまで良くしてもらい、心から感謝する」


「行くんだな」


「迎えが来る。だが、すぐにジェインに会いに戻ってくる。正式な婚約を結ぶ準備をしてくるから、待っていてくれ」


 アマルの口から婚約の二文字がやっと引き出せたのに、あんなに願っていた言葉だったはずが、ジェインの表情は依然として険しかった。


「飛んで喜ぶと思ったが……?」


 戸惑うアマルに、ジェインは真剣な眼差しを向け続けている。


「アマル、聞いてもいいか?」


「ああ、何でも聞いていい」


「アマルはアレッサンドラ王女の子孫だな?」


 アマルは感心したようにジェインを見て微笑した。


「いつ気づいた?」


「アマル・アレックスの名を聞いた時。宝石商、アレキサンドライト、そして極めつけが名前がアから始まる。ウェルランド王国王家は名前がアで始まるから。もちろん確信はなかったが、可能性が高いとは思っていた」


「さすが俺が惚れた女だ。博識だな」


 アマルは大きく息を吐き、近くの椅子に腰を掛けた。そしてジェインも対面する椅子に座り、アマルからの言葉を待ち、静かに見つめている。


「ジェインは、アレッサンドラ王女とアレキサンドライトの事はどこで知った?」


「父だ。王女を逃がす手伝いをしたのが当時の辺境伯だった祖父だから」


「つくづくジェインには運命を感じるな」


 アマルがジェインを愛おしそうに見つめ始めたので、ジェインは視線を逸らす。

 ジェインは自分の知っている話をアマルに伝えた。


「王女が駆け落ちした相手は宝石商。宝石商とだけで、名前とか、異国の人間だったとかまでは聞いていなかった。

 聞いていたのは、宝石商のもとにアレッサンドラ王女のデビュタント用のアクセサリーを見繕うよう注文が入ったのが始まりだと。男は王女の名前に響きの近いアレキサンドライトのネックレスを準備して献上しに行った。その際、互いに一目惚れしてしまったと聞いた」


「正確には王女が先に恋したんだ。王女は商人に会いたくて、持って来たネックレスを突き返し、何度も男にアクセサリーを持ってこさせた。男が様々なアクセサリーを持って会いに来るたび、王女は突き返すアクセサリーケースの中にそっと恋文を忍ばせたんだ。

 秘密の文通が始まり、そして、最後に男がアレキサンドライトの結婚指輪を持って来た時、姉の助けを得て駆け落ちした」


「姉? 先代女王陛下のことか?」


「そうだ。ジェインの祖父はもしかしたら継承権第一位の姉王女の依頼で動いたのかもな」


「なるほど、あり得るな……」


「だが、アレッサンドラ王女と宝石商の結婚生活は長くは続かず、二年ほどで王女が亡くなってしまったんだ。

 宝石商人はすぐに姉王女に文を飛ばし、アレッサンドラの死を伝えた。姉王女は嘆き哀しむ宝石商人に、生まれた子供にアレッサンドラにちなんだ名を与えるように助言するんだ。そうすれば、彼女との愛を忘れることなく目の前で感じ、彼女の残した愛に対する責任を実感できるからと。

 結局孫の俺と妹にもミドルネームにアレキサンドライトの愛称がつけられている。我が家の愛を象徴する石だから。

 ちなみに王家伝統の“ア”から始まる名前については、ついでだ。そっちは姉王女からの助言ではなく強い要望だったから」


「要望? では姉王女は最初からアレッサンドラ王女の子孫を王家の一員と認め、継承権を与えるつもりだったんだな」


「そうだろうな。おかげで今ややこしい事になってるが」


 ジェインは親指で輝くアレキサンドライトの石を見つめる。

 アマルの生家、シュヴァルザ家の愛を象徴する石。

 そんな石を与えられ嬉しいはずなのに、胸には不安な気持ちが押し寄せる。


 ジェインは立ち上がってアマルの背後にまわると、彼の背中の傷があるあたりを触れた。


「ではこれは継承権がらみの襲撃という事か?」


「だろう……手紙にもそう書かれていた」


 ジェインの指が力なくアマルの背中から離れていく。アマルは振り返り、咄嗟にジェインの腕を掴んだ。


「何を考えてる?」


 ジェインは普段人前で涙など流さない。父が亡くなった時も我慢した。

 だが、この恋だけは弱いようだ。ジェインも知らず知らずのうちに静かに涙が流れていた。


「なぜ、泣く?」


「あなたが王位継承者なら、私たちは結婚出来ない」


「継承権第一位は俺じゃなく父だ」


「あなたの御父上が即位されたら、アマルが継承権第一位で、王太子だろ。だから、イディオス主流の恋愛結婚が許されず、誰ともまだ婚約してないんじゃないのか?」


 アマルは何も言わないが、それが答えだった。


「我が軍があなたを国境まで送る」


「何言ってるんだ」


「王の盾の出番が来そうだから」


「俺はまだ王太子でも王でもない」


「いいかアマル。国王の崩御は近いと言われている。シュヴァルザ家がこの国に来る時は、必ず私に密書を送るんだ。私とスクードベリーの軍がアマルを命懸けで王都まで連れて行き、無事に御父上を即位させる」


「その前に結婚しよう」


「出来ない」


「なぜ」


「王太子の結婚こそ、恋愛結婚なんて出来ないに決まってるだろ!」


「伯爵令嬢相手なら問題ないだろ」


「アマルはこの国の貴族をまだ理解できていない。王太子の婚約には四方八方から口出しがある。行き遅れのケチがついた私では絶対に結婚の許可は下りない」


「まだ試してもいないのに随分弱気だな」


「理性的なんだ」


「ちょっとこっちに来い。うるさいその口を塞いでやるから」


 アマルはジェインの腕を強く引いて抱き寄せ、体勢を崩したジェインは意図せずアマルの膝の上に傾れ込むように腰をおろしてしまった。

 ジェインの目の前には金の瞳。その瞳に魅入る間も無く、唇に生まれて初めて感じる柔らかい甘やかな感触が広がった。

 激しい胸の高鳴りに耐え切れず、目を瞑ってしまう。重なり合う唇が溶けそうなほど熱く、自分の指先がいつの間にかアマルの指先と(たわむ)れては絡み合い、言葉を出さずとも明確にアマルに自分の胸の内を伝えていた。


 キスが止み、アマルはジェインと額をくっつけた。互いの息は上がっており、ここだけ熱が籠る。


「大切な事を伝える」


 アマルはゆっくりとジェインの耳元に唇を寄せる。


「好きだ」


 熱い吐息に混じった甘く低い声が耳元で囁かれ、身体中の血液が沸騰した。

 ジェインは顔を真っ赤にして金色の瞳を見つめる。


「どうしよう……私……ドキドキして……」


 アマルはぼう然とジェインを見て目を見開いていた。


「アマルのそれは……どういう表情?」


「……想像以上にお前が愛らしくて。一体今までどこに隠れてた?」


「ふざけやがって……」


「初めてか」


「当たり前だろっ!」


 ジェインは恥ずかしくて両腕でゆでだこのような自分の顔を隠す。

 アマルはクククッと嬉しそうに笑いながらジェインを抱きしめた。


「未婚の御令嬢の純潔とやらを奪ってしまった。これはもう王族だろうと責任を取らないといけない。この国ではそういう決まりなんだろ?」


「キスくらいなら、別に誰にも見られてなければ、そこまででは……」


「そうか、誰かに見せるべきだったか」


「アマル!」


 ムキになるジェインをアマルは嬉しそうに眺め、髪や頬を愛を込めて撫でる。

 ジェインはアマルに頬を触れられるのが大好きだった。


「俺を信じて待っていてくれ」


 ジェインは頬に添えられたアマルの手のひらに、返事代わりの頬ずりをした。


 翌日、迎えの馬車がイディオスからやって来た。アマルは出会った時の民族衣装を身につけ、アレキサンドライトのアクセサリーを耳や腕や指にと全身に纏う。ジェインは軍を引き連れアマルの馬車を護衛した。

 

 二人で駆け抜けた森を抜け、国境となるスクーディア山脈の麓まで着いた時、アマルは馬車を降りてジェインに別れの挨拶をしに来た。


 大勢のスクードベリーの兵士が見守る中、アマルはジェインを抱きしめてキスをした。

 ジェインは慌てて逃れようとしたが、アマルは逃さないよう腕を強める。手や腰を強く握られているのに、どこか優しく、すでに寂しさを募らせているジェインには、その全てが胸を焦がし、人前なのにとうとうキスを受け入れてしまった。


 二人のキスは、長く、熱く、噂になるほど見せつけるように続いた……。


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