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8.貴婦人たちのお茶会

 カルミアは王都に戻ってから早速お茶会を開いた。自宅ドローイングルームのテーブルには、ビュッフェ形式にサンドウィッチやスコーン、可愛らしいサイズのケーキが彩り豊かに並べられ、飲み物も紅茶だけではなく、こだわりのシャンパンやワインも振舞う。


 招待された貴婦人たちは部屋に入るなり、その華やかさに一気に上機嫌になり、カルミアをもてはやす。

 食事をしながらの会話は大いに弾み、酒も進めば皆口が軽くなる。中心となる話題と言えば、もっぱら男女の話。どの令息が有力か、どの令嬢が慎ましいか、どこの主が浮気をしてるなど……。


「カルミア様は、あんなにお優しく見目麗しい旦那様で幸せですわね」


 貴婦人のこの発言をカルミアはずっと待っていた。

 カルミアは憂いに沈んだ表情で、貴婦人の言葉に返した。


「どうでしょうか……」


 部屋の中がざわつきだす。


「カルミア様……? 何かあったのですか?」


 声を掛けられたカルミアは目に涙を浮かべて微笑んだ。


「いえ……なにも」


 貴婦人たちは両手で口元を押さえ、皆眉を八の字に下げて悲痛な表情に変わる。


「そんなご様子で、何もないわけないわ。ご主人に何かされたの? 私達が力になるから勇気を出して言ってください」


「何かされたというべきか……ああ、いけない。皆さん今の発言はお忘れになって」


「もしかして……ご主人に愛人?」


「ああっ……」


 カルミアは両手で顔を覆い、泣き声を上げる。

 誰もがカルミアの夫が不貞を働いたと確信し、その場は騒然とした。


「相手は誰です! 使用人? 娼婦? それとも、まさか貴族の女性?」


 誰もが心配しているようでいて楽しんでおり、カルミアも楽しんでいた。


「ここだけの話に留めてください。実は主人は私のいとこと思い合っていたようで……」


「まあ! まさかお相手はジェイン嬢ですか!? いくら結婚相手がいないからって、いとこの夫に手を出すなんて、なんて恥知らずでしょう」


「もしかしたら逆だったのでは? カルミア様のご主人と出来ていたからずっと結婚していなかったとか」


「きゃぁー!」


 部屋の中は異様な盛り上がりを見せている。

 カルミアは同情心を煽るべく、健気な様子を振る舞った。


「いえ、皆さん、私がすべて悪いんです。二人が思い合っていたなんて知らずに、ジョージと結婚してしまったのですから……。ジェインには本当に申し訳ないと思っております。だから、離婚して、本来結ばれるべき二人を祝福すべきかとも思っておりました……」


「カルミア様のなんとお心のお優しい事か……。いいえ、カルミア様、今は離婚してはなりませんよ」

「そうです。あと少しで爵位と領地を得られます。離婚はその後になさったらいいんです」

「そうよ。今離婚したら、全部ジェイン嬢に持って行かれてしまいます」

「爵位を得て離婚したら、もっと素晴らしい方と結婚したらいいんです」

「ポルトベリー公爵のご子息とかよろしいんじゃなくて? まだ婚約されていないはず」


 ポルトベリー公爵の名が出たことで、部屋の空気に緊張感が走った。おのずと貴婦人たちの声も小声になり、顔を寄せ合う。


「ここだけの話、陛下のご容態がかなり危ういそうです」

「まあ、ではポルトベリー公爵が……」

「そりゃそうでしょうね。陛下の子は皆身体が弱く早世されてしまったし、陛下には兄妹がいないのだから」

「では公爵子息がゆくゆくは継承権第一位に……」


 カルミアは彼女達の話を聞きながらほくそ笑んでしまった。幸い誰にも気づかれておらず、目一杯眉尻を下げて声を上げた。


「公爵のご子息なんて、とてもとても。皆さん、こんな不穏な話はやめましょう」


「あら、私達は協力しますわよ。ここにいる者全員、子供がまだ小さいか、いないかです。ポルトベリー公爵子息との縁談を狙ったところで、さすがにまだ読み書きもままならない小さな子供では相手にしてもらえません。

 その点、カルミア様なら年齢が近くてお似合いです。私達も、あまり親しくもない他の貴族の令嬢なんかより、カルミア様を援護した方がメリットもあります。

 成功した暁には私達のことを覚えておいていただけるだけで大変ありがたいですから」


 扉をノックする音がして貴婦人たちは一斉に口を噤んだ。開かれた扉の外にはカルミアの夫、ジョージが立っていた。


「お楽しみの中申し訳ありません。少し妻をよろしいでしょうか」


 冷たい視線がジョージに集中する。


「ええ、どうぞ」


 ジョージは居心地悪そうに礼を言った。


「ありがとう」


 カルミアが席を立ち廊下に出ると、ジョージは扉を閉めてカルミアを部屋から離れた場所に連れて行く。


「廊下に丸聞こえだったぞ。ポルトベリー公爵子息だと?」


「あら、皆さんが勝手におっしゃったことよ。私は関係ない」


「いいか、カルミア、君が変な噂を撒こうが、僕は離婚なんて認めないからな。それに、お目当ての公爵は継承権第一位じゃない」


「そんなわけないわよ。だってほかに誰がいるの。陛下に非嫡出子がいたとしても数に入らないでしょ」


「国王陛下の母、先代女王陛下は三人姉弟だ。ポルトベリー公爵は末弟の息子だよ」


「そうなの? でもそれが何か?」


「長子先継でいけば、ポルトベリー公爵のすぐ上の姉が優先になる」


「いないわよ、そんな人。そんな高位の人物がもしいたら、社交界で必ず見かけるし、噂にならないわけがないじゃない」


「パブリックスクールで学ぶ王室史では、先代女王陛下の妹アレッサンドラ王女については、若くして亡くなったとさらっと書かれてあるだけだった。僕達が産まれるより随分昔に亡くなった人だし、みんな学校の授業なんて隅々までは覚えてない。ほとんどの貴婦人も先代以前の王室に誰がいるとかそんな細かく知りたがらないだろ。歴史の人物なんて、日常の噂にはならないよ」


「まさか……その亡くなった王女に子がいるの?」 


 ジョージは頷いた。


「ここ最近紳士クラブで話題になり始めていて、どうやらいたようだ」


「そんな、嘘でしょ? じゃあその王女の相手は誰なのよ。嫡出子と認められるには正式な婚姻がなされてるはずでしょ。その子供だって、今も生きてるなら、尚更社交界に姿を表すはずだわ」


「アレッサンドラ王女は平民と駆け落ちしたんだ」


「駆け落ち?」 


 カルミアはホッとして肩を撫で下ろし、鼻で笑う。


「なら問題ないわ。認められてない夫婦に生まれた子は非嫡出子よ」


「その平民と大金を払って結婚許可証を取得し、教会で正式な夫婦になっていた。子が産まれたのはその後。亡くなった理由が出産による産褥熱だった」


「なんてずる賢い王女……」


「単純に愛する人と正式な夫婦になりたかったんだろ? だがアレッサンドラ王女の死後、亡骸は王家に戻り、埋葬された。

 先代女王陛下は自身が即位した際、生まれたアレッサンドラ王女の子供を王家のファミリーツリーに記録して、継承権を与えていたんだ」


「つまり、現在継承権第一位は……」


「噂が本当なら、アレッサンドラ王女の子孫だよ」


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