16.最終話
服喪期間を経てからアマルの父が即位すると、アマルは王太子になることを拒み、王族籍を自ら除籍した。
「夫婦喧嘩で妻に断罪されるのは嫌だ」
アマルの除籍理由だった。
「アンセルムが狙ってた様に、結婚の誓いを盾にして断罪は出来ないと主張すればいい」
後日ジェインが呆れながらアマルに言った。
「おいおい、俺を断罪する気か?」
「浮気に関しては、死をもって償え」
「ジェインが浮気したら?」
「しない。するわけがない」
アマルはジェインを抱き寄せ、期待するような熱視線を向ける。
「それは、なぜ?」
ジェインはアマルの視線が熱すぎて、顔の前を片手で遮りながら視線を背ける。
アマルは楽しそうにジェインが遮る手を握り、顔の前から退かした。
「なあ、なんでそんなに顔を赤くしてる」
「うるさいっ」
「なぜジェインは浮気をしないと言い切れる」
「わかってるくせに」
「その口から聞きたいんだ」
アマルはキスを寸止めしてジェインを見つめ続けた。
「アマルしか……ダメなんだ」
「上出来だ」
アマルはジェインにキスをした。
「俺の予言通りだな」
「全然悔しくない。それくらい幸せだ」
ジェインはアマルの後頭部を掴み、自分に引き寄せてキスを返した。
アマルは……顔を赤くして笑った。
「男前なキスをされるのも悪くないな」
ジェインは、はにかみながら強がる。
「黙ってろ」
アマルはジェインの腰に添えていた手に力を入れて、更に身体を密着させると、彼女の唇を優しく何度も甘噛みする。
唇を刺激するだけで、その先には進まないアマルにジェインは吐息を熱くしながら、もどかしさを感じていた。
そしてアマルが乞うように囁く。
「ほら……黙らせてくれ」
ジェインはアマルの頭を掴み、息を吐く暇も与えないほど、甘い攻撃的なキスで黙らせた——。
*
アマルはシュヴァルザ商会を父から譲り受け、ウェルランド王国にも店舗を構えるようになる。
貴族達は王都で店を開いてくれることを願っていたが、アマルが選んだのはバーヴェイト・ホールに一番近い街、カルミアが宿以外何もないと嘆いた街だった。
シュヴァルザコレクションが国内で関税なく買えるということで、連日王国中から客が押し寄せた。ちょうど交通の要衝でもあったので、国境の行き来で通り掛かる際に店をのぞき、改めて買いに戻って来る者たちもいた。
何の産業もなかった街は、シュヴァルザの宝石を加工する職人の店で溢れるようになり、宝石に合わせる服飾店や、それを買いに来る貴婦人達を狙ったスイーツ店などが次々と建つ。
もちろん、シュヴァルザ商会本社もこちらに移転した。
軍施設しかこれと言って有名なものがなかった辺境地に、観光地となった世界有数の宝石職人の街が出来た。
アマルは仕事が終わると、短い黒髪に帽子をちょんと被り、鏡の前でスーツを整えてから街の花屋へ花束を買いに行く。
店主が彩豊かな花々を包みながら、アマルとお喋りしていた。
「そういえば末の息子さんがイディオスの方の店舗を統括されてるんですって?」
「ああ、この間孫も産まれたよ」
「まあー、シュヴァルザさんって孫がいる歳に見えないくらい、いつまでも良い男ね~」
「まあな。イケオジと呼んでくれ」
「スクードベリー伯爵はご長男さんが?」
「ああ、ゆくゆくは」
「娘さん達も本当に綺麗に育って羨ましいわ」
「やっとこの間、四女が嫁いでくれた」
「お相手は?」
「海を渡った大陸の男だ。妻に似て勇ましい子だからな。未知の大陸だろうが、愛する男の元に飛び込んで行ったよ」
「どっちかっていうと、シュヴァルザさん似じゃない?」
「そうか?」
「だって、いつもこうして奥様に花束やチョコレートを持って帰って」
「喜ぶ顔が見たいんだ」
アマルは花屋の店主に微笑みながら代金を払い、店を出た。
この花束を見た愛妻はどんな顔をして喜んでくれるだろうか。そんな事を楽しみにしつつ、帰路に着く。
だけど、いざ玄関の扉が開けば、真っ先に顔を綻ばせてしまうのはいつも自分の方だった。
「ただいま。相変わらず今日も綺麗だな、ジェイン」
END