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10.社交シーズン

 王都で社交シーズンが始まり、少し経った頃、タウンハウスで暮らす母からジェインのもとに手紙が届く。


 中を確認すれば、ジェインの顔は気まずさで引き攣った。


「ああ、怒ってる……」


 アマルと出会ってから、ジェインは誰とも縁談を設けていない。そして、社交シーズンの舞踏会が次々と開かれ始めたのに、ジェインは未だに領地のバーヴェイト・ホールに留まっている。

 時は着々と過ぎており、結婚しなければ爵位をカルミアに譲ることになる。


 手に握る手紙は、あまりくどくどと書かれた内容ではないが、その分母の怒りが良く伝わる。


 “手紙を受け取ったら数日以内にタウンハウスに向かいなさい。ドレスはこちらで準備していますので”


 ジェインは仕方なく、荷物は必要最低限だけまとめて馬車ではなく馬に飛び乗った。


 スクードベリーから王都は少し離れており、いつアマルが戻るかもわからない状況で、あまり長いことバーヴェイト・ホールから離れたくなかった。馬車を使ったら往復だけで半月も無駄にする。ならば自分で馬を走らせた方が、その半分で無駄な時間が済む。


 馬の食事と休息以外は走り続け、馬車で一週間はかかる距離を二日で走り抜けた。

 母が暮らすタウンハウスについた時は、馬も自分もくたくたで、馬はブヒンブヒンと鼻を鳴らしてジェインを恨めしそうに見ていた。

 使用人に馬を引き渡す際、馬にはたっぷりの新鮮な水と、干し草だけでなく、燕麦なども与えるように指示する。


「頑張ってくれてありがとう」


 ジェインは馬を優しく撫でると、馬はジェインに甘えるように頭を動かす。


 家の中に入ると、母が慌てた様子で階段を駆け降りて来た。その表情は怒りよりも、酷く憔悴している。


「ああ、ジェイン、随分早く来てくれてありがとう。あらやだ、何故王都に来るのにいつもの男性みたいな格好を」


「急いでくるために馬車ではなく馬で来たからですよ」


「もう、髪もちゃんと整えなさい。少し乱雑に伸びてるわよ」


「伸ばし始めなので、毛先がはねてしまうんです」


「あら、やっと伸ばす気になったの? それは良い事だわ。ああそれより、社交界で大変な噂が流れているの」


「噂?」


「あなたがカルミアの夫を寝取ったと」


「なんだって!?」


「良かった。その様子ならやっぱり嘘なのね。きっとカルミアの仕業だわ」


 母は怒りを露わにして、ヒールでカツンと床を踏む。


「でもどうしましょう。これではもう縁談なんて望めない……」


「お母様、私はもう結婚相手は探しません」


「まさか……噂は本当なの?」


「いえ、ジョージとは何もないです。でも、未婚でありながら、人前で男性とキスを交わしましたし、私もそのキスを受け入れました」


「まあ!! ジェイン、あなたなんてこと!

 ……ってことは、その殿方は責任取ってジェインと結婚してくださるのよね?」


「……あまり期待はしないでください」


「どういうこと? 既婚者や婚約者がいるような男なの?」


「お母様、お耳を」


 この場にはジェインと母しかいないが、ジェインは注意深く小さな声で母に耳打ちした。


「アレッサンドラ王女の孫です」


 母の方は驚きの余り変な声を上げてその場で失神してしまった。


「お母様っ!!」


 ——夕方、ベッドの上で目を覚ました母は、部屋のソファに座るジェインを見つけた。


「ジェイン……着替えてくれたのね……」


 ジェインは母が準備していたエンパイアドレスに着替え、美しく着飾っていた。


「やっぱりあなたはその形のドレスの方がゴテゴテしたものよりも良く似合ってる」


「ご準備くださりありがとうございます。これから舞踏会に参加してきます。相手を探すためでなく、何かしらの情報が得たいためです。そして、明日にはバーヴェイト・ホールに戻ります」


「明日戻るの? もう、本当に結婚は諦めるの?」


「本当に申し訳ありません。今長期間バーヴェイト・ホールを空けるわけにはいかないんです。

 王女の孫と出会ったきっかけは、彼が何者かに襲われて負傷していた時です。おそらく、アレッサンドラ王女の孫の存在を消したい者。王室で一波乱起こりそうなのです」


「……爵位を諦めるのに、王の盾は全うするつもりなの?」


「はい」


「王女が駆け落ちして結婚していた事を知っているのは、王家王族、我がバーヴェイト家、宰相あたりの高官くらい。その中で正確な王位継承順位を把握している者は王女の子孫の家族構成を把握している者達だけ。王女の子孫を消そうとした者がいるなら、普通に考えたらポルトベリー公爵でしょうね。

 ただ、公爵が動くとしても、今更な気もするけど……」


「今更?」


「もし公爵が継承権を気にするなら、国王が体調を崩す前か、遅くとも崩した直後には動くでしょ? 国王の命が明日も持つかといった今のタイミングでは遅すぎる」


「まあ……確かに」


「とにかく今日の舞踏会に行くなら、もう出発しなくては。未婚女性は介添人が必要ですから、私も行きますからね」


「お母様……ありがとうございます」


 ✻


 舞踏会はすでに始まっており、曲もだいぶ進んで、今は男女がパートナーを交換しながら踊るコントルダンスを踊っていた。

 若い子息や令嬢達は軽快なリズムの曲に合わせてくるくるとパートナーを変えながら楽しんでいる。


 ジェインは賑やかな中央エリアを避け、人混みに紛れながら歩く。探すのはポルトベリー公爵。


(今日は参加していないのか……)


 探すのを諦めて母のもとに戻ると、母はシャンパンを片手に意外な相手と会話を弾ませていた。


 ポルトベリー公爵子息である。


 スラリとした子息はジェインと同じ位の高さの身長で、王家に多い赤みの強い燃えるようなジンジャーヘアと、透き通った白い肌。歳はジェインの六つ下、十八歳である。

 ジェインの母と語らう公爵子息の横顔は中性的で美しく、品よく微笑む姿はすでに王子様の姿だった。


(血は繋がっていても、イディオス人の色が強いアマルとは似ていないな)


 彼を舞踏会で見掛けることは今までもあったが、六つも上でケチのついているジェインになんてあちらが興味を示すこともなく、接点など無いに等しい相手だった。

 なのに、このタイミングで子息が現れ母と話すのは、神の恵みか、それとも悪魔の企てか……。


 ジェインが子息を見ながら心の中でそう思っていると、ふいに公爵子息がジェインの方へ振り向く。

 その瞳は金色に輝き、アマルと同じ瞳に思わず見入ってしまった。


 母がジェインに気付き、笑顔で手招きするが、その目は笑っていなかった。


「ジェイン、こちらポルトベリー公爵子息ですよ。ちょうどジェインの話をしていたの」


 母が公爵子息をジェインに紹介すると、子息は金色の瞳をジェインに向けて会釈した。

 ジェインも膝を曲げてカーテシーをしながら挨拶する。


「ご機嫌よう、閣下」


「アンセルムと呼んでください」


「では有り難くアンセルム様とお呼びさせて頂きます」


 アンセルムはジェインの前まで歩み寄ると、手のひらを差し出してダンスを申し込む。


「よろしければ一曲お願い出来ますか?」


 この様子を見ていた周囲の令嬢や母親達は、敵対心むき出しにヒソヒソと耳打ちをし合う。


 ジェインはなぜこの公爵子息が申し込んで来たのか怪しんだが、舞踏会では男性からダンスを申し込まれたら基本は断ってはいけない決まり。ジェインは仕方なく手を添えた。


 部屋の中央まで進むと、ジェインとアンセルムは向き合って身体を近づけた。


 さっさと終わらせたいジェインだが、残念ながらコントルダンスはとっくに終わっており、次の曲は密着してゆったり二人で踊るワルツだった。


 曲が始まり、互いに距離感のある儀礼的な踊りを続けていたが、ダンスの振りで身体が最も近づいた際に、すかさずアンセルムに囁かれた。


「結婚しませんか?」


 ジェインは驚きのあまり踊るのを止めてしまった。



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