裏切られた英雄、成る
「とどめだ、魔王!!」
体を切り裂く音と共に、魔王の叫び声が魔王城に鳴り響いた。
彼らは魔王レーベンという世界の敵に立ち向かい、今まさに討伐を完遂しかけていた。
魔王は切り裂かれ、そのまま床に倒れ込んだ。
すると魔王は笑いながら途切れ途切れにこう言った。
「忠告してやる...お前は......地獄を見る...」
「その時は...また......会おうぞ......!」
そう言い残した後、魔王レーベンは生き絶えた。
「へぇ、勝てちゃうんだ」
勇者ザラセス・グラムンドにそう言ったのはアリス・リリアンナ。勇者パーティーの回復術師であり、金髪幼女(のような見た目をしている大人の女性)だ。
「ふぁ...ねっむ...!」
そう言うのはディール・ノート。勇者パーティーの盾騎士であり細目の身長173cm程、黒髪の男だ。
「まあまあじゃない?勇者君にしては」
上から目線にそういうのはレイラ・ランドール。ディールとアリスにのみ態度を良くしており、ザラサスには高圧的な態度を取っている勇者パーティーの弓師、身長は160cm程であり黒い髪をしている女だ。
「まあまあ勇者君"にしては"強かったよ。俺は一人でも倒せたと思うけど!」
「ちょっと〜、それ煽りすぎだよ〜ww」
「でもそうだったもんね〜!ww」
「...」
3人がそんな会話をしている中、勇者ザラセスだけは違った。
(さっきの魔王の言葉...なんだったんだ...?)
魔王が残したあの言葉、あれがずっと喉の奥に引っ掛かっているのだ。
『地獄を見る』、それが最も理解できない点だ。
この時はわかっていなかった。まさかあんな地獄が来るとは...
ーーーーーーーー
魔王討伐後、僕達は帰路を辿っていた。馬車は魔王軍にバレる危険があったため使わず、歩きできた為、相当歩かなければならなくなった。
アリスなどの3人はなんで歩きで来たんだ、などのヤジを飛ばして来ているが、気にしない事にした。今この言葉に怒れば余計な体力を使うだけだ。
そうこうしているうちに、大きな渓谷を見つけた。おそらく先程の戦闘の衝撃波などで割れてしまったものだろう。
僕は少し遠回りをしようと提案をした。まあ案の定猛反対された。だが安全に帰るためにと頼んだ。
するとディールが口を開いた。
「こんな渓谷、跳んだら反対側に行けるだろ!なんで遠回りさせようとするんだ!?」
そのように怒ってきた。
「だからさっきも言ったが安全の為に…」
そう言おうとした時、ディールは不敵な笑みを浮かべた。
僕は嫌な予感がして今すぐディールから離れようとした。だが、反応速度が遅かった。
「じゃあお前が試してこいよ!」
そう言って、ディールは俺のことを蹴った。
僕は蹴られた衝撃で渓谷の方へと吹き飛び、そのまま落下して行った。最後に見たのは、3人の気味の悪い笑みだった。
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僕は蹴り飛ばされた後、渓谷の最下層まで落ちてきた。現在進行形で死にかけている。
体全体から血が溢れ出て来ており、地下なのに暑い。
このまま死んでいくのだと悟った。
後悔が残る最後だ。
あいつらを殺せないなんて、最悪だ。あいつらのことを信頼していた僕が馬鹿だった。これは人を信用した罰だ。人なんてものを信頼したからこんな事になったんだ。
ただただ今はあいつらを殺したい。"俺"を舐めた罰、その身に刻みつけてやりたい。
だがそんなことを思っても何もできない。
悔しい
怒り
恨み
3つの感情が俺の腹の中に溜まっていった。
もう死ぬという状況、俺は死を覚悟した。
だがその時、どこからか声が聞こえてきた。
『………い……おい…おい、聞こえるか?』
「...」
もう声も出せないし動けもしない。何もできない。だが目はかすれてはいるが見えている。
だが誰もいない、誰なんだ。
『力が欲しいな?よしやろう』
こいつは何を言っているんだ?だがこの声、どこかで聞いたことがあるな...
すると俺の体にさらなる激痛が走った。
「がああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
声が出ないと思っていたがあまりの痛さに声が出てきた。
誰がこんなことをしているんだ。あまりにも痛すぎる。特に背中が痛い。まるでなにかが貫通しているみたいだ。
数分間激痛が走ったあと、痛みが止んだ。
止んだあと、俺は違和感に気づいた。
そう、体の怪我や流血していた血がなくなっていたのだ。
俺はあの声の正体を探すために立ち上がった。するとまたどこからか声が聞こえた。
『ザラセス、災難だったね』
「お前は誰だ。俺は今機嫌が悪いんだ、今すぐ吐かなければ殺すぞ」
今すぐにでも人間のゴミを殺しに行きたい。あいつら程度なら一瞬で殺せる。
すると"声"が突然笑い出した。
『はっはっは!君、まだ気づいてないのか?』
「なんだと?」
俺はこいつと会ったことがあるとでも言うのか?だが実体がないのだから会えるわけないだろう。
だがその時、俺は一つだけ思い浮かんだ人物がいた。
「...魔王レーベンか?」
『御名答!君が殺した魔王様だぞ!」
声の正体は魔王レーベンだったのだ。
だが何故生きている。俺は確実にこいつを切り裂いたはずだ。
そんな考えを巡らせている中、レーベンは心が読めるのか、返答してきた。
『我は生きていない、死んでおるよ。お前に切り裂かれたはずの傷も、今は体が無いから痛くも無い」
レーベンは、というより魔王というのは勇者に討伐されると"魔王の呪い"により何年もの間、寝ることも話すことも出来ない空間『無の領域』を彷徨い、"無の領域"から解放後に魔王の素質があるものを自分の後継者とする。そうすることでようやく自分の魂が消え、完全に消失することができるようだ。
だがレーベンの場合は違ったようで"無の領域"には行かなかったらしく、魂の状態で彷徨っているととてつもない負の気配が放たれているのに気づいて近づいてくると偶々俺がここにいるのを見つけたらしい。
「つまりお前が俺を助けたのか?」
『そういうことさ、感謝しな』
だが、俺はレーベンの発言に少し気になるところがあった。
「お前が言っていた『力が欲しいな?』というのはどういうことだよ?」
『あ、説明してなかったか。お前は今、魔王だよ』
「なんだと?」
魔王と言ったか?俺が?勇者の俺が?そんなことあっていいのか?
『実はゼラセスが初めてなんだよ!良かったな!』
「...ははっ」
「ははははははははははは!!!!!!」
俺はつい笑いが漏れてしまった。心の声を聞かれていたのも気にしない程の大笑いだ。
だってそうだろう?こんなにもあいつらに復讐しやすい立場になれたんだぞ?笑うに決まっている!
笑い声は、どこか黒く澱んでいるようにも感じられた。
「レーベン、お前には感謝する!お前の望むモノを一つやるぞ!」
『おや、もう魔王気分なのか。切り替え早いね〜』
レーベンのおかげであいつらへ復讐しやすくなった。なにか一つは褒美をやらないと俺の気が済まない。
そう説明するとレーベンは考えてからこう答えた。
『...我は別にゼラセスと殺し合いをしたいとも、ゼラセスを裏切りたいとも思っていないということを前提として話すよ』
そう言った後、レーベンは深呼吸をしてからこう言った。
『...魔王ゼラセスの、彼女にしてくれないかい?』
「...彼女?」
彼女というと所謂彼女のことか?(語彙破壊)
レーベンは俺に口を出させる隙を与えず続けて言った。
『君との戦闘の時に思ったんだけど、顔が滅茶苦茶タイプなんだよ!!お願い〜!!』
俺は考えるのを諦めて彼女になることを許可した。ただこいつは男なのが難儀な点だ。
というか、あんなに殺すのが簡単だった理由はこれかよ。俺が滅茶苦茶強いと思っていた。
だが実体が無いのだから彼女になっても何も出来ないのでは無いか?俺はレーベンにそのようなことを質問した。
レーベンは真剣な声で言った。
『ここからは彼女としての頼みなんだけど、とりあえず魔王城行こうぜ!』
こいつ何か勘違いしているのか?俺には龍王であったレーベンとは違い羽がないんだ、飛べるわけないだろ。
するとレーベンはジャンプしてみろと言ってきた。実体のない奴に言われるのは癪だが、ここは俺が大人になり、仕方なく地面を蹴った。
するとなんということか、空が飛べたのだ。
『力を与える中、背中に激痛が走ったろ?それは我が背中に羽を生やしてたからなんだよ』
なるほど、だからあんなに痛かったのか。
体が貫通する痛みとか、どれだけ強くなろうと痛いに決まっている。
『【痛み耐性】欲しい?』
「後でくれ」
『あいよ』
とりあえず飛べることが分かったのでササッと魔王城へ向かうことにした。
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魔王城へ着いた。相変わらず禍々しい雰囲気だ。先程までこの雰囲気は気味が悪かった。だが今はとても心地よい。おそらく俺が魔王へと成ったのが理由だろう。
だがレーベンは魔王城になんの用があるんだ?
『王の間にある玉座の裏側に行ってもろて』
俺は言われるがままに従い玉座の裏側に行った。
行ったは良いものの、見た感じなにもない。
レーベンは俺が苛立っていることを察し、少し焦り口調で話した。
『そ、そこで「○▼※△☆▲※◎★●」って言って!』
「○▼※△☆▲※◎★●」
○▼※△☆▲※◎★●ってなんだよと思ったが無心となって完コピした。
すると玉座がギシギシと前に動き出し、玉座の下から地下へと続く階段が現れた。
そこを降りろとレーベンが急かしてきたので俺は文句を言わずに階段を降りて行った。
降りた先には、変なマネキンが置いてあった。
その人形はえもいえぬ気配を放っている。よくこんなものをここに置いておけたな。
俺がレーベンに話しかけようとした時、レーベンは大喜びした。
『ありがとう!これで我もなれるぞ!』
なる?なににだ?
だがレーベンは俺に考える暇を与えなかった。
瞬間、マネキンが輝き始め、激しく音を立てて燃え始めた。燃えているせいでマネキンからは煙が出始め、瞬く間に煙がマネキンを覆った。
数十秒後に火が燃えるのをやめ、輝きもなくなった。煙も俺がここに入った場所から抜け始めた。煙がかなり抜けたあと、マネキンがあった場所に誰かがいることが分かった。
もう少し待ってみると、マネキンがあった場所に目を閉じている赤黒い角を生やした10代くらいに見える白髪で身長160cm程の女性が立っていた。
その女性が目を開けると、高らかに笑い始めた。
「はっはっはっはっはっ!久しぶりに元の体に戻れたぞ!!」
その話し方、その笑い声に覚えがあった。
「おまっ...!魔王レーベン!?」
「え?それ以外に誰がいるんだ?私しかいなかったろ」
「いやお前...」
どうみても女の体だ。尚且つ素っ裸なんだからあまり見ていられない。中身が中身でもだ。
そんな俺を見てレーベンは調子に乗り始めた。
「あっれれー?我の体見てテレてんのかー?」
そう言って体を近づけてきた。勿論照れているが、やはり10代の女が近くにいると考えると恥ずかしさよりも興奮のほうが強い。
俺は着ている上着をレーベンに羽織り、あくまで冷静に見せながら言った。
「羽織っておけ、お前の裸を見る気はない」
「はー?君乙女心ってのを知らないのか?」
「知らん」
レーベンはムスッとしながらも渋々羽織ってくれた。
とりあえずはこれで大丈夫だな。
「ねえ、これ胸のあたりがきついんだけど」
「知らん」
「知らんbotかよ」
「知らn」
ーーーーーーーー
王の間に戻ってきた。
とりあえずレーベンへの報酬は与えたから俺は今すぐにでも飛び立とうとした。だが飛ぼうとした時レーベンが俺の腕を掴んできた。
「我の彼氏は我を置いていかない」
「お前さっきまで魔王してたろ、なのにその寂しがりはなんだ」
「乙女心ってやつだよ!!」
「耳元で叫ぶな!」
とにかく早く行きたかったので、俺は無理矢理腕を剥がそうとした。
だが、異様に外せなかった。
「ふっ、無駄だ。我はこれでも魔王だったんだ。そう簡単には外せない」
「チッ、めんどくさいな...」
レーベンはその言葉を聞き、涙がポロポロと出てきた。
俺は焦った。
「ちょっ、すまん!俺が悪かった!!」
俺はレーベンに優しくハグをした。レーベンはぐすっとして、ゔーゔー言っている。これは俺が悪いからなにも言えない。
だが流石に元魔王を連れて行くのは気が引ける。死んだ者が生き返るとか無害な民にまで被害がいってしまう、それは良くない。
するとレーベンが俺の心を読んで話しかけてきた。
「じゃあ、仲間集めに行こうぜ!」
そういう能力があるのではと思うほど相手の心理を読んでくる。
そして俺は頭が良い。魔王となっているのだから今後のことを考えると仲間はいたほうが良いだろう。復讐が遅くなるのは癪だが、後のことを考える行動をしたほうが圧倒的にリスクが少ない。ノーリスクハイリターンが最も良いのだからそちらに近い方を取るのが最適解だ。
「いいだろう、仲間増やしに行くか」
「えへへ...!新婚旅行楽しみだな!!」
「おい文字と言ってることが違うぞ」
「まあいいからいいから!早く行こ!」
こいつ男のはずなのに女みたいな性格してるな。本当に面倒くさい。
「一応言っておくけど我は女だからな?」
「元男だろ」
「わかってないね!男の姿のほうが威厳があるからわざわざ男の姿になっていただけなんだ!!」
「知らん」
「冷たい!」
ーーーーーーーー
ディール、アリス、レイラは堂々と王都エルドラドの主要場所、王城に入ってきた。
この国の王、ルドルフ・エルドラドはディール達に対してこう言った。
「5年間、この世界は平和であった。だが、魔王が復活したという情報が入ったのだ。そのため、前回の討伐者達に集まってもらったのだ」
「前回の魔王討伐では英雄ゼラセスもいたが、今回はいない。だが、我々の平和を脅かす者は許しておけぬ。そこで英雄殿に命ずる、魔王を討伐して参れ」
ディールはそんな王をバレないように睨みつけた。ゼラセスも英雄扱いされているのに納得していない様子だった。だがすぐに笑顔に直し、王に言った。
「もちろんです。我々が必ずや魔王を打ち取りま…」
そのように宣誓しようとしたその時、誰かが向かって来ているのに気づいた。
その者は全く光を反射していない漆黒の髪、黒い眼、スレンダーな体系で美しい容姿がその全てを際立たせている身長156cm程の女だった。
「貴様、何者だ!!」
騎士達がその女に槍を向け、そう投げかけた。
だが女は不気味に立っている。
「何者か答えろ!!」
すると女はそう言った騎士を見た。
その時、騎士は鳥肌を立て、膝から崩れ落ちた。
王はその様子を見て叫んだ。
「貴様!なにをしたのだ!!」
「我が君から伝達命令を出されましたので伝えに参りました」
女は王の言葉を無視してそう言った。
そして伝達事項を話し出した。
「『ルドルフ王よ、俺は貴様らのような無害の民を殺しに向かったりはしない。ただし、俺を殺しに向かってきた者には容赦しない』」
「『だが、ディール、アリス、レイン、貴様らは別だ。どこにいようと殺しに行く。覚悟しておけ』とのことです。では私はこれで」
その言葉を聞いた瞬間、ディール、アリス、レインは鳥肌を立てた。
何故私達は恨みを買っているんだ、そう思っているからだ。
そう言った後、女はそそくさと帰ろうとしたが、ディール達はそれを許さなかった。
「待て女!貴様の主は誰なんだ!!そのクソを今すぐ殺して…うっ!」
言葉を言い切る前に女がディールの前に笑顔で立っていた。だがその目は笑っていなかった。黄色くも白くもない、漆黒の眼で立っていた。
「我が君はクソなどではありません。次、そのように侮辱するのであれば容赦しません」
「そして我が君は魔王とだけ伝えておきます」
そう告げた後、女は去って行った。
去って行った後、ディールは先程崩れ落ちた騎士に近寄った。
「おい、なんでお前は崩れ落ちたんだ」
ディールは優しくそう聞いた。
すると騎士は酷く怯えたようにこう言った。
「あ、あいつに、殺される...!」
そう言って騎士は蹲った。
その騎士を見たアリスが叫んだ。
「わ、私はまだ死にたくないのよ!!魔王討伐なんて行くもんですか!!」
「そ、そうです!!私も行きません!!」
レイラもそれに呼応するように叫んだ。よっぽど告げられた言葉が心に来たのだろう。
ディールは少し考えた後、王に言った。
「王よ、我々は今回の魔王討伐に手出ししないことにしました。我々の命を最も大切に扱いたいのです」
「んなっ!では誰が魔王を討伐するのだ!!」
「知りません、それでは」
そう言ってディール達は去っていった。彼らは多数の命よりも自分の命を選んだのだ。言っておくが、仮にも彼らは英雄と言われている。そんな者達が自分の命を優先したのだ。どれだけ酷いことかは、考える必要もないだろう。
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女がコツコツと足跡を鳴らし、王の間へと入って行った。
「我が君、ただいま帰りました」
玉座に座り頬杖をしている魔王、ザラセス・グラムンドへとそう語りかけた。
「ディスペアか、よくやった」
先程王城にやってきた女の名前はディスペア、名前の由来は"絶望"だ。
ザラセスの膝の上に座っている女、元魔王レーベンもディスペアに話しかけた。
「あいつら何か言ってたかい?」
「いえ、特に言っておりませんでした。ですが、おそらく対象の者達はここには来ないでしょう」
ディスペアはザラセスに王城でのことを伝えた。
その言葉を聞いた時、ザラセスはニヤリと笑った。
「安心しろ、全て想定内だ」
ザラセスは昔の関係もあり、彼らがどのような性格をしているかを覚えている。だから彼らが逃げるというのは予想可能だった。
「ディスペア、全員集めてこい。会議を始める」
「了解しました」
そう言ってディスペアは足早にその場を去った。
去った後、ザラセスは笑っていた。
「レーベン、分かるか?あいつらへの復讐の時間が、刻一刻と近づいている」
「そうだよ、ザラセスの復讐が始まるんだよ」
ザラセスは大声で笑った。昔のような暗く澱んだ笑いではなく、狂気に満ちたような、そんな笑い声だった。
はい、次回は魔王集団全員登場するのと魔王軍の会議が始まります。楽しみにしててください。