妻が誘拐された_身代金を多めに支払ってみた_とんでもないことになった
僕の名はジミーと言います。
先だって結婚しました。
相手はバニー・ポッターという、美人でイカれたお姉さんです。
バニーは魔女です。
生物学的には、ヒト科ヒト属イカレポンチ種に該当します。
空っぽの頭に、僕への愛と魔法薬の生成の才能をふんだんに詰め込んでいる女性であり、基本的にライブ感で暮らしています。
で、この魔法薬の精製技術というのが厄介なんです。
というのも、彼女が作る薬は絶大な効果と信頼性を誇るんです。善人の手に渡ればいいのですが、悪人が手にしたら大犯罪だってできてしまいます。
そして彼女の倫理観は虫食いのスッカスカなので、彼女自身が悪事のブレーキ役になることはあまり期待できません。いつだったか、僕を手に入れるために自作の感度3000倍の薬を使おうとしてきましたし。
幸いにも、彼女は僕にぞっこんです。僕も彼女の真摯な想いは察しているし、彼女と過ごす時間は大好きです。
対外的には、僕は彼女という危険な才能を制御するために結婚したと言い張ってはいるのですが、実のところ僕もバニーに惚れているのです。
さて、そんな僕の妻なのですが――
誘拐されました、はい。
犯人からの脅迫状が届いた時は、何かの冗談だと思いました。
僕の妻はあれでなかなか凄い魔女です。そこらの悪い魔法使い程度なら、簡単にやっつけるはず。
けれど、妻の誘拐は事実でした。
犯人は律儀に脅迫状で名乗っており、僕はその名から犯人の本気さを知るのです。
「――や、闇の魔法使い・キマジメ!」
そうです。犯人はなんと、あの恐るべき魔法使いのキマジメです。
魔法がある日常に生きている者なら、誰しも一度は耳にする名前の、あのキマジメなのです!
キマジメは強力な魔力と、融通の利かない真面目さを持つ官僚でした。
彼は社会の現状だとか魔法世界の未来だとか――色々なことを生真面目に考えすぎて、「この世界秩序を破壊し再構築しなければいけない」という危険な発想に至ったそうなのです。
革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標をもってやるから、いつも過激なことしかやらないんです。その好例がキマジメです。
そしてキマジメは悪の道に墜ちた――のですが。
生来が生真面目な性格であるがゆえに、悪の魔法使いたちともうまくやれず、今は悪の魔法使いたちと潰し合う日々を送っているそうです。
そういえばこの前の新聞で、危険な魔法使いの犯罪組織が壊滅したと報じられていました。
あれ、多分キマジメの仕業でしょう。
そんなキマジメは、極めて真面目です。
彼が脅迫状を送ってきたということは、間違いなく妻は誘拐されたのです。
闇の魔法使いとしての活動に勤しむための、軍資金を稼ぐつもりなのでしょう。
さて、脅迫状は定規を当てて書いたように実直な字で、いかにもお役所的な言葉選びにて身代金を請求しています。
要求額は、金貨100枚。
なるほど。僕は唸ります。
多額ではあるのですが、用意しようと思えばすぐにでも集められる額です。
特にうちの場合は、バニーの魔法の薬が利益を生んでいることから、すぐにでも金貨を用意できます。
おそらくキマジメもそれを見越して、うちを狙ったのでしょう。
脅迫状には座標が書いてあります。
用意した金貨を、魔法を使ってここに送ればいいようです。
結構高度な魔法ですが、僕には魔法の覚えがあるので大丈夫。
「よし」
僕は現状を整理します。
妻が誘拐されました。
奪還するには、金貨100枚を相手が指定する座標に魔法で送る必要があります。
なるほど、なるほど……。
「遊ぶぞぉ!」
僕は高らかに叫びました。
いや、誤解しないでください。妻のことは大事ですよ?
それはそれとして、僕は自由な夜が欲しかったんです。
こんなことを言うのもあれなんですが、うちの妻は控えめに言ってドスケベです。
毎夜、毎夜、もうね。
いや、付き合っちゃう僕も悪いんですけれど。
疲れている日は拒もうとするんですけれど、妻に「疲れている」なんて言おうものなら、えげつないくらいに元気になる薬を打ち込まれます。
ならば「気分じゃない」と言えばどうでしょうか?
はい、これもダメですね。
言えば彼女は涙目になって『うさぎは寂しいと死んじゃうんだぴょん……』とか言いながら、整った美貌を最大限に悪用して僕の精神耐久性をテストしてきます。僕の理性を破壊するまでテストは続けられます。非破壊検査という概念をご存じない?
僕の夜は、いつだって獣狩りの夜でした。
獣が僕を狩る夜です。肉食系のうさぎが僕を狩るんです。
たまには穏やかな夜を過ごしたいと思う。
ゆっくり朝まで寝てみたいと思う。
これは罪じゃないでしょう?
どのみち、相手はキマジメです。
彼は自分の計画を完璧に遂行したがる癖があるので、僕が金貨を払うまではバニーを殺したりなんてしません。計画が崩れることを、キマジメは何よりも嫌うでしょうから。
「と、いうことで」
たった一人の家の中、僕は戸棚を開けてウィスキーの瓶を取り出します。
お酒のお伴には、薄くスライスした燻製肉と分厚い歴史小説の本。
オン・ザ・ロックでウィスキーをちびちびやりながら、時折思い出したようにフォークで燻製肉を楽しみ、壮大な歴史に思いをはせる。
これぞ人の夢!
人の望み!
人の業!
僕は悪役になった気分で高笑いしながら、自由な時間に没頭します。
だいぶ時間が経ったので、時計を見ます。
時刻は夜の8時半を過ぎたところ。
いつもなら妻が『ねぇ、そろそろさ……』とか言い始めて、獣狩りの夜へと移行しますが、今夜は妻がいません! 自由です!
その後も僕は満足するまで酒と小説と自由に溺れ、すっかり満足してベッドに入りました。
金貨は明日の朝イチで送ることにしました。おやすみなさい!
「……ファッ⁉」
僕が目を覚ました時に、窓からは西日が差し込んでいました。
信じられません。既に夕方です。何やってんだ僕!
ということはアレですかね。
僕は妻が誘拐されたのをいいことに、酒と小説キメて、挙句に翌日の夕方までグースカ寝ていたってわけですね。
うん、言葉にすれば酷さがよく分かる。僕はクズのファンタジスタです。
まぁ、自由な夜なんて本当にいつ以来なのかってレベルで久しぶりだったので、体がリラックスし過ぎてしまったんでしょう。
「いや、それよりもマズい!」
何がマズいって、妻のバニーの機嫌です。
相手がキマジメであることから、今も生きていることは確実。なんなら丁寧に遇されていることでしょう。
それはそれとして、妻は金貨100枚程度なら、そう時間をかけずに揃えられることを知っています。
僕がここまで時間をかけたら、妻は僕の誠意を疑うでしょう。
妻がへそを曲げたら、きっと面倒なことになります。
一度喧嘩した時は「仲直りのイチャイチャをしてください」と請われ、僕は命まで絞りつくされそうになりました。
今回は僕のやらかし方が酷いので、もっと危険な目に遭う気がします。
「どどどどうしよう」
焦る僕ですが、ふとひらめきます。
「そうだ、金貨を300枚送ろう」
金貨100枚なら簡単に集められる。妻もそう思っている。
けれどもこれが300枚なら? 100枚の時のようにはいきません。
『僕の妻に金貨100枚は安すぎる。僕にとってはもっと価値のある女性だ』
『金貨300枚だ。夫として、妻の価値分は正当に支払う!』
……うん、考えてみれば良い言い訳のような気がします。
「金貨300枚くらい僕が頑張って働いて稼いでみせるさ。昨夜は僕めっちゃエンジョイできたんだし、差額についてはバニーをペットホテルに預けたと思えば……」
色々と頭の中で考えを巡らせて。
僕は急いで金貨の調達を始めました。
数時間後。
僕は金貨300枚を手にしていました。
正直、見くびっていましたよ。本気を出した自分ってやつを……。
まぁそんなことはどうでもいいので、僕は金貨の入った袋を眼前に置き、転移魔法で指示された座標へ送ります。
袋がパッと消えました。相手のところに運ばれたのでしょう。
それから、暫く経って。
パッ!
僕の眼前に、袋と手紙が表れました。
手紙を読んでみると、なんと誘拐犯のキマジメからです。
「ええと、なになに……」
手紙は季節の挨拶から始まり、次のような内容が書いてありました。
・身代金が多すぎます。
・請求額に沿って頂かないと、こちらの納税額の計算と狂う。
・ついては余剰分の金貨と受領書を送るので、受領書にサインして送り返して。
・そうしたらあなたの妻をお返しする。
「……闇の魔法使いなのに、納税意識が高いな」
僕は呆れ果てます。そもそも身代金って課税対象なのでしょうか?
ふと、よくよく見ると、この手紙の文字は少し荒いです。
書き手の焦りが表れているようです。
――もしかしてキマジメ、けっこう動揺したのかな?
請求額に比べて送付額が少ない可能性は、キマジメも考えていたでしょう。
しかし請求額の3倍が送られてくる事態は、流石に想定外のはず。
予想を超えた事態に、彼は動揺しているのでしょう。
あの恐るべき闇の魔法使いを僕が翻弄している――そう意識すると、僕の中で悪魔のようないたずら心が浮かび上がります。
僕は送られてきた受領書に『妻の額としては正当な額をお支払いしたつもりです』と記載し、求められたサインはせずに金貨ごと送り返しました。
するとまたしても金貨と手紙が送られてきます。
内容は以下のとおりです。
・困ります。
・正直、本当に困っています。予想外のことはしないでいただきたい。
・提示した額で十分なのです。
・お願いですから、余剰の金貨は送らないでください。
「…………」
僕はもう一度、相手が送り返してきた金貨を、魔法で転移させました。
こうなったら意地でも受け取らせてやる。
さて、キマジメは次にどんな反応をしてくるのやら――
すると。
目の前に現れたのは手紙だけです。金貨の袋ではありません。
僕が手紙を読むと、そこにはこう書かれていました。
『あなたの愛と覚悟は伝わりました。ならばこちらも応分の措置をとります』
そして。
次に僕の目の前に現れたのは、金貨でも手紙でもありませんでした。
妻です。愛する妻。僕のバニー。
それが3人です……3人⁉
僕はキマジメの魔力の恐ろしさに身震いしました。
彼は持ち前の魔力を活かし、僕の妻を3人に増やしたのです!
分身の魔法はとてつもない高度な技術と膨大な魔力を要求するのですが、彼はあっさりと使ってきました。
性格はアレですが、キマジメは恐るべき魔法使い。そして生真面目。
こちらが3倍の額を送れば、相手も人質を3倍にして返してくる。
それくらいのことは考えるでしょうし、実行するだけの実力はある。
その事実を忘れてしまった僕の、過去最大の誤りでした。
そして、3人に増えた妻は僕を見てニッコリと笑うのです。
「「「ただいま、ダーリン♡」」」
あ、ああ、おかえりバニー。
ケガはなかった? そう、良かった。
お腹は空いてない? 僕が何か料理を作ろうか?
僕が渇いた声で言うと、三人の妻は濡れた声を返してきます。
「食事は出してもらえたから、お腹はすいていないよ」
「だけど昨夜はダーリンがいないから寂しくて」
3人のうち2人の妻がそういって。
最後の妻が、言うのです。
「実は私たちね、今、とってもお膣が空いていて、ダーリンに満たしてもらいたいの……」
にじり寄ってくる、愛しくも恐ろしい3人の妻。
僕は壁際にまで追い詰められて、逃げ道がないことを悟ります。
妻は僕に飢えていたのです。見つけ次第襲ってくるのは、当然でした。
しかも今夜からは3人の妻を相手しなければなりません。
僕は己の浅慮を呪いながら、ベッドまで引きずられ、押し倒されるのでした。