婚約破棄とかなにふざけたこと言ってんの?『お飾り』なのはあなたのほうですから
「リリアーナ、君との婚約を破棄させてもらう」
とある夜会会場。私、リリアーナ・エヴァンハートの婚約者でこの国の第三王子、ウィンストン・アルスティンからの突然の申し出に、私は言葉を失った。
「・・・・はい??」
間の抜けた少し大きめの声を出してしまい、周りの着飾った貴族たちからヘンな視線を浴びてしまう。ものすごく予想外ということはなかったけど、まさかこのタイミングで。
「理由を、教えていただけませんか?」
「・・・」
押し黙るウィンストンはうつむいてしまい、その答えは得られなかった。
私には、義妹がいる。
母が亡くなってほどなくして、後妻と連れ子のサマンサを公爵家へと迎え入れた父サーストン。
それほど間を置かず、父が新しい妃を得たことに「お母様が亡くなってそんなに日も経っていないのに、もう新しい女ひっかけてくるなんて!」とは思っていない。
父の財産・地位・名誉を狙い、色を仕掛ける未婚の貴族令嬢が父に押し寄せることは想定の範囲内。しかも父は女好き。結果は明白だった。
ただ、コブつきの伴侶を新たに迎え入れたのは想定外。しかもこの義妹がおぞましいほどに性格が悪かった。
見た目はいわゆる清楚系。清らかで愛らしい顔面に白い肌。華奢で貧乳。黒い髪はネリネリと光り、長いまつげから覗く青い瞳は無垢でどす黒い輝きを放っている。中身はビッ〇だ。
「きゃ」
「大丈夫か!!」
男を吊り上げるエサのような「きゃ」という声につられ、ウィンストンは私の義妹サマンサの身体を優しく支えた。つまずく要素はなかったが、つまずいたようだ。
「申し訳ございません、ウィンストン様。すこしめまいが・・・」
「よい。疲れているのか?」
「・・・いいえ。ただ、家事を少し頑張りすぎてしまいまして・・・。家族のために。大丈夫です」
「なんと健気な・・・」
見つめ合うウィンストンとサマンサ。手とか握り合ったりしちゃってる。
裏でコソコソ会ってたのは知っていたけれど、ここまで露骨に見せつけてくるとは。
ただ、家事全部やってるのは私なんだけどね。お前はいつも顔面いじってばかりで、なにもしてねーじゃねーか。・・・してないですわよね。
さすが清楚系〇ッチはでっち上げも自然だ。ちょっとは見習うべきだろう。
「ウィンストン様・・・」
どっちが婚約者かわからなくなる光景を目の前に、私はつぶやくように言った。
「・・・リリアーナ・エヴァンハート、君の本当の姿を、このサマンサから聞いている」
「本当の、姿?」
とぼけたように言ってみたが、この一言でこのあとどういう展開になるかはある程度推測できた。
「君は、私の前では良き妻を想像させるような行動をしていたようだが、実際は・・・」
義妹をいじめる。家事をしない。鏡ばかりみてうっとり。父や継母の陰口。金勘定・・・。
ここまでひどいことを吹聴していたなんてね。しかもこれ・・・。
サマンサ、全部お前のことじゃねーかぁぁぁぁ!!・・・あなたのことですわよね?
草生える。・・・ちょっと面白くなってくる。自覚しているのかしら。
「いや、それってサマンサの・・・」
「うるさい!この卑劣な性悪令嬢が!」
私の反論をかき消す、ひと際大きなウィンストンの怒声が夜会会場に響き渡る。貴族たちのざわつきが一瞬止み、視線が私たちに集中している。
視線の中には、この国一番の超優良物件。独身を謳歌する超絶イケメン第一王子、ヴィクター・アルスティンの姿もあった。群がる貴族令嬢達を制し、こちらを見ている。
「・・・リリアーナ義姉様。わたくし達、愛し合っていますの!」
カミングアウト、ここできた。ウィンストンを抱きしめながら、高々と宣言するサマンサ。止まったざわつきが、ざわめきに変わりだす。
「わたくしは連れ子として、心細いながらも、エヴァンハート家の一員になるべく、家事などを率先して行い、一日でも早く、家族になろうと必死に働きました」
ええっと、これは笑うところかしら?
「でも・・・そんなわたくしを、リリアーナ義姉様が家族として受け入れてくれることは、今日までありませんでした」
そりゃ受け入れられないでしょ。義姉をいじめる。家事をしない。鏡ばかりみてうっとり。父や継母の陰口。金勘定・・・。これ、全部あんたのことなんだから。
それにしても、なんで語ってるのかしら。これも演出かな。まあ、黙って聞いてみよう。
「そんな鬱々とした日々を送り、心がどんどん閉ざされていた時に、ウィンストン王子と出会いました」
演説が続く。貴族たちが楽しげに聞いている。余興としては面白いだろうが、私の立場的には酷いものだろう。ただ一般的に、悪い侯爵令嬢がかわいそうな義妹に王子を奪われる展開はみんな好きだろう。
「運命だと思いました。でも、彼は義姉様の婚約者。しかも王子様。結ばれてはいけないお相手であるとはわかっていました。でも・・・」
ちょっと涙なんか流しながら語るサマンサ。強く抱きしめるウィンストン。
・・・これ、なんの舞台??
「お優しく、お強く、そして笑顔がとてもまぶしいウィンストン様の魅力に、わたくしは抗うことができませんでした。ううっ・・・」
泣き崩れるサマンサさん。こうやって、ただの虚言を自分の世界に塗り替えられるのは才能だと思う。
「・・・なんと非道なリリアーナ。王には私から直々に婚約の変更を申し上げる。父も、納得してくれるはずだ」
自信満々のウィンストン。顔、むかつく。
「なあ!ここにおられる貴族の方々!みなも祝福してくれるだろう!」
大手を振って、聴衆に賛同を求めるウィンストン。
沈黙ののち、まばらな拍手が聞こえ、伝搬するかのように、万雷の拍手へと変わる。
「そうだ、そうだー!!」
「政略結婚とかもう古いのよ!!」
「これぞ本当の愛!感動した!!」
「王子がそのような冷徹な魔女と結婚してはなりませぬ!!」
忖度もあるのでしょう。貴族風情が王子の意思を妨げられるはずもないし。
これは完全に舞台。悲劇のヒロインと悪役令嬢。みんな感情移入しちゃってる。もはや私がなにを言ってもだめな雰囲気だ。この場は完全に、サマンサとウィンストンに支配されている。
・・・って、普通は思うじゃない?でも・・・
「と、いうことだ。リリアーナ。みなのコンセンサスも得られた。あとは王にお伝えするだけ・・・。本当の愛に気づいた私を、もはや誰も止められない!」
言葉にさらに熱を帯びるウィンストン。徹底的に、ほだされている。
「政治的に重要だということで、君との結婚を承諾した!ただ、もともと愛してなどいなかったし、愛が生まれることもなかった!私には無理だ!『お飾り』と一生をともにすることなど、とてもできはしない!」
いや、おまえ。「リリアーナちゃーん、めっちゃ愛してる!チューしてよ!」とかなんとか言ってたじゃん。まあ、気持ち悪いからしなかったけど。・・・基本触らせなかったから、その点はちょっと申し訳なかったかもしれない。それも原因か。
「本物の愛を見つけた!サマンサ!君となら、一生生きていける!君となら・・・」
「ウィンストン」
盛り上がる夜会が最高潮を迎えようとしていたその時、1人雰囲気の異なる圧倒的オーラを醸す男がウィンストンに近づき、鋭い目つきで声をかける。
「ヴィクター、兄様・・・」
びくっと肩を一瞬震わせ、抱きしめていたサマンサと距離をとるウィンストン。冷徹な声質と表情に圧迫感を感じ、ヴィクターと呼ばれた男と視線を合わせられない。
ヴィクターの登場に、場も瞬間的に静寂を取り戻す。
ヴィクター・アルスティン。この国の第一王子。さっきちやほやされていた超絶イケメン王子だ。
金色のロングヘアが、燃えるような夕日の光を思わせるように彼の肩を優雅になびく。顔は、彫刻のように整っており、細く長い眉は真ん中でやや上に跳ねて、鋭い青い瞳を際立たせている。
その瞳は深く、何千年もの物語を語っているかのようだった。彼の鼻筋はまっすぐで、薄い唇は微笑んでいるように見えたが、それには誇り高くも慈悲深い王子らしい気品が宿っていた。
「ヴィクター」
ウィンストンへの威圧をさらに制するように、私はヴィクターへ冷たい声をかけた。
私は、ヴィクターが介入したことで、この舞台を楽しむことをここでやめることにした。
「リ、リリアーナ公爵令嬢・・・」
たじろぐ第一王子。彼は私のことをよく知る人物だった。私の裏の顔を、含めてね。
「ちょっとむかついたから、お仕置き♪」
「リ、リリアーナ様!どうか、ご慈悲を!」
「ま、関係は切らないから安心してよ、ヴィクター♪」
怯えるヴィクターの肩にポンと手を置き、ウィンストンとサマンサへ視線をやる私。手を握り合う二人が混乱し、状況を呑み込めていないようなので、軽く説明してやることにした。
「ああ、とりあえず、まず言っておきたいことは」
大きくはないが、この場にいる全員に聞こえるくらいには大きめの声量で話はじめる私。
「ウィンストンから少しずつヴィクターに近づいて、玉の輿に乗ろうっていう魂胆はまず無理だから、諦めてね、サマンサ♪」
「!!!」
動揺を隠そうとして挙動不審になるサマンサ。ウィンストンが「えっ?」って顔をしている。
ヴィクターが登場したことで、この場の支配力が完全に私に傾いている。貴族たちも「どういうこと?」と周りと状況を確認し合っている。今なら、私の声も届くでしょう。
「政治的と、あなたは言ったわね、ウィンストン。事実だけど、その説明には補足がいるわ」
少し長くなるけど、言わせてもらうわ。ちゃんと聞いてね。
「いま、この国が置かれている状況を、あなたはあまり知らないようだけど、こんな夜会が開けるほど、平和ボケが許される情勢ではないの」
続けます。
「虎視眈々と、列強の国々が我々アルスティン王国の転覆と制圧を狙っている。弱小国家であるこの国が、それらの国々と渡り合い、独立を守っていくためには、武力による闘争を避け、政治的に互いの足らない部分を補完し合いながら、表面上の協調を偽装していかなければならないの」
難しい言葉ばかりで申し訳ないです。これも演出なんで。
「我がエヴァンハート家は代々、王家の財政と政治的綱渡りを陰ながら支え、この国が未来永劫末永く存続できるよう助力を続けてきました。王家との婚姻もその一貫なのです」
ちょっと熱くなってきた。結構、皆の前で演説するってのも、気持ちがいいものね。
「我がエヴァンハート公爵家なくして王家の存続なし。そして、わたくしは脈々と受け継がれるエヴァンハートの血筋の中で最高の能力と知性を与えられ、この世に生を受けました。わたくしの力があれば、アルスティン王国が弱小国家からの脱却を図ることも夢物語ではありません。周囲の圧力にびびってへこへこしなくてもよくなるのです!」
あ、やばい。地の言葉が出てきた。そろそろ締めよう。場も凍ってるし。
「第三王子とわたくしとの婚姻は第一級の戦略的特務事項です。破棄など許されません。ですよね、ヴィクター」
疲れてきたのでヴィクターに振ってみる。
「リリアーナ様、そのあたりでご容赦を・・・。機密事項ばかりで、あとが大変です」
「あら、ちょっとしゃべりすぎたかしら」
「貴族たちが引いています」
凍った場がさらに冷気を増している。貴族たちやウィンストン、サマンサの血の気が引いているのがわかる。ヴィクターと気軽に話している時点で、色々察しているだろう。話している内容が、紛れもない事実なのだろうということを。
「じゃあ最後に。わたくしに歯向かうもの、敵意を抱くもの、事実ではない嘘を吹聴するもの、婚約破棄を軽々しく口にするものは国家反逆罪として、地獄の業火に焼かれることとなるでしょう。それは、身内とて例外ではありません。聞こえていますか、サマンサ、ウィンストン」
「!!!」
小刻みに震えながら、直立不動で冷や汗が止まらない二人。微妙に距離を離している。浅ましいやつらですわ。
「連れていけ」
ヴィクターの指示で、室内に待機していた衛兵と、扉を開けゾロゾロと入ってくる警護兵たちがウィンストンとサマンサを手荒に捕らえる。抵抗はしていないが、サマンサは失禁している。
「ウィンストン、あなたはしばらく生きられるわ。よかったわね。あとで熱ぅいお風呂にゆっくり浸かることになるけど、それまでよろしくね♪」
捕らえられたウィンストンに笑顔で話しかける私。彼らも大概だが、私自身の性格がいいなどとは決して言っていない。
私は能力や知性と同じくらい、根性のひねくれ具合が突出している。自覚はあります。
「サマンサ、いままでありがとう。さようなら」
「おねぇさまぁぁぁぁ!!わたくしが悪かったですぅ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「あら、初めて謝ってくれたわね。うれしい。でもこれ、法律だから♪」
「そんなぁぁぁ!わたくしまだ死にたくないですぅ!助けてください!お願いしますぅ!!」
衛兵に捕らえられた腕を振り切り、土下座して私に謝るサマンサ。ウィンストンは茫然自失状態で捕らえられた衛兵の力で振り子のように揺れている。
「ごめんあそばせ」
残酷な事実を告げ、動かないウィンストンと暴れるサマンサは強制的に、衛兵たちに連れていかれた。
その後・・・
夜会はヴィクターが箝口令を敷いた後、お開きとなった。貴族たちも、情報が洩れれば死罪とあってはだれにもしゃべれないことだろう。
あとの祭り。後片付けをするメイド達の様子を眺めながら、私とヴィクターで事後処理について話し合った。
「・・・あんなに脅さなくてもよかったのでは?」
少しため息をつきながら、ヴィクターがささやくような声で言った。
「知らないというのは罪な事よ。あれくらいの断罪はあってもいいのではなくて?」
この私をイラつかせたのだから、そのくらいの精神的負担は負ってもらわなきゃね。ちなみに死罪は嘘です。そんな法律はありません。
「死罪のブラフは精神を蝕みますよ。彼女たち、あとから使うのでしょう?」
使う、というのは政治的駆引で、という意味だ。
「あれくらいで使えなくなるようなら、国家の存亡をかけた謀略には耐えられないわ。まあある程度付き合ってきたからわかるけど、あの程度でやられるタマのやつらじゃないわよ」
こんなところで婚約破棄するくらいだから大丈夫でしょ。ん?頭悪いだけかな。
「そうですかねぇ」
「特にサマンサ、彼女は使えるわ。あの手の女、おじ様たちは皆お好きでしょう?」
「悪い公爵令嬢だ。貴女というひとは・・・。死罪よりも重い、生き地獄が待っていることでしょう」
清楚系ビ〇チを嫌いなおじさんは多分いない。図太ければ、スパイ適正は二重丸だ。
「・・・ていうか、ヴィクター。話変わるけど。あなたなのでしょ?うちの父と継母を合わせたのは」
空気が凍てつく。突然話を変えたが、今日このタイミングが最も重要な話だ。
「さて、なんのことですかね」
とぼけるヴィクター。表情は変わらない。動揺も見られない。平静だ。装ってはいない。
この男は、強敵だ。
「とぼけても無駄よ。調べはついているわ。目的はわからなかったけど」
父のタイプではなかったのだ。あの継母。素性もぱっと見問題ないように見えたが、うまく真実をずらされている直感が働いた。だが、確証を得るだけの証拠はなかった。なにかあるが、なにかはわからない。そんなちょっとした違和感を抱えながら、今日まで過ごしてきた。
調べている中で、どうやらヴィクターが関わっていそうだというところまでは辿り着いたが、それも明確ではなかった。見た目だけではない。中身も相当切れるのだ。このヴィクター・アルスティンという男は。
「あなたはエヴァンハート家がアルスティンを裏で支配している今の状況をよく思っていない」
「・・・・」
「私を陰で操り、王家として、本当の意味での地位の復権を画策している」
「・・・・」
「ウィンストンは三流だったけど、最後にいい言葉を残してくれた。今日の土産に持って帰るといいわ。王にも言っておきなさい」
敵というのは、外だけではないのだ。真の敵というのは、多くの歴史を紐解いた大抵の場合、内側にいるものなのだから。
「『お飾り』なのは、あなたのほうですから」
互いに不敵な笑みを浮かべ、本当の意味での夜会は、今この時を持ってお開きとなったのだった。
終