無い番組『どきどき!ハッピーアニマルライフ!』人魚姫のごはんの秘密(2023/1/29放送)
司会:みんな楽しい地球の仲間!ワクワクどきどき!ハッピーアニマルライフ!のお時間で~す!
(拍手)
司会:今週は江府蘭大学客員教授の樫古先生にお越しいただいていま~す
解説:よろしくお願いします
(まばらな拍手)
司会:ゲストはこの方!絶賛放送中の歴史ドラマ『不平等条約改正』で陸奥宗光夫人亮子を熱演中の日野宮ひかりさんです!
ゲスト:こんにちは~!よろしくお願いします!
(拍手と歓声)
司会:陸奥亮子は社交界の華とうたわれた美貌の持ち主だったそうなんですが、ひかりさんも本当にお綺麗で!まさにはまり役ですね!
ゲスト:そんな…ありがとうございます
司会:特にその、長い黒髪が美しい!SNSのハッシュタグにもなって話題の、つやつや黒髪ロングブームの火付け役なんですよね!ところで先生、今日取り上げる動物も、長い黒髪を自慢にしているんですって?
(ええ~)
解説:実はそうなんです
司会:今日取り上げる動物は…こちらっ!
(デデンッ)
司会:人魚です!
ゲスト:人魚!
解説:ご覧になったことあります?
ゲスト:新人女優の頃、打ち上げでお刺身だけは……
司会:じゃあ不老不死なんだ?
(笑い声)
テロップ:「※迷信です」
司会:じゃあお刺身になる前の姿をご覧いただきましょうどうぞ!
ゲスト:(笑)
映像、スタジオからVTRへ切り替わる
VTR、沖の岩に腰かけ、髪をとかしている人魚
ゲスト:ヘアケアしてます!
解説:今映像に出ている、モンゴロイド型人魚の世界では、長い髪が重要だと…生存に有利だと考えられているんです
司会:ん?どゆこと?
解説:それは彼らの採餌、餌をとる方法に関係するんです。次の資料をご覧ください
映像、海中の岩場 岩の陰から黒いものが長く伸びている
解説:これ何かわかりますか?
ゲスト:ん…海藻ですか?
司会:わかめ
解説:よく見てください、魚がその間に入っていくと…
映像、黒いものの中から腕が出てきて魚を捕える
司会:うわっ!
ゲスト:びっくりした!人魚の髪だったんですね
解説:そうです。モンゴロイド型人魚はこうして岩場で待ち伏せていて、海藻と勘違いして来た魚を捕まえて食べるんですね。長い髪は疑似餌でもあり、隠れ蓑でもある。餌をとる能力に直結するわけです。だから髪を大切にしているし、例えば繁殖の際にもポイントになると考えられています
司会:長い方がモテるんだ
解説:そうですね(笑)
映像、魚を食べる人魚
鱗が散り、血が海水に溶けていく
司会:けっこうガツガツいくなぁー!
ゲスト:あ、食べ終わって泳ぎだしましたね、食後のお散歩でしょうか
解説:そうかもしれませんが(笑)ほかにも移動の目的があります。人魚が去った後…
司会:鮫だ!
ゲスト:鮫が来た!
解説:鮫は血の匂いに敏感です。人魚は体の構造上、どうしても他の魚、鮫などとは同じようなスピードで泳げません。だから食事の後は場所を変えるんですね
ゲスト:ケンカしないように?
解説:そうです、ケンカになると勝てませんからね
映像、スタジオに戻る
司会:どうでしたか!髪を大事にする動物とは、いやはや
ゲスト:はい、あの、驚きました、髪で餌をとるなんて…
解説:(笑顔でうなずく)
ゲスト:でも考えてみたら私なども髪をきれいにして、視聴者の皆様に見ていただいて、それで食べているわけですよね
司会:なるほど~?ちなみに髪のお手入れはどうされていらっしゃる…?
ゲスト:特別なことは何もしてないです
司会:美人が絶対言うやつ~!特別じゃないことは?
ゲスト:プレシャンプーとシャンプーして、インバストリートメントとコンディショナー、頭皮のマッサージと、乾かす前に導入液とアウトバストリートメントとヘアミルク、ブローした後ミストとヘアオイルくらいですね
司会:めちゃくちゃ色々してる~!
(笑い声)
司会:はい、次いきましょう!こちら!
絵本の人魚姫の挿絵がいくつか画面に映される
司会:これ見てお気づきのことありますか?
ゲスト:黒髪じゃない…ってことですか?みんな、その、外人さんですよね
司会:その通り!なぜなんでしょう?
ゲスト:ヨーロッパのお話だからじゃないですか?デンマークでしたっけ、確か
司会:そうでもありますが、実は種類が違うそうなんです!ね、先生!
解説:そうです。先ほどご覧いただいたのはモンゴロイド型人魚と呼ばれるものなのですが、実際にヨーロッパの人が目撃したのはコーカソイド型人魚だったのではないかと考えられているんです
ゲスト:コーカソイド型…
司会:というと?
解説:まあ白人に似ている上半身の人魚ということですね。従来、『人魚姫』のモデルなど、西洋人が認識していた人魚も先ほどのモンゴロイド型だったと考えられていました。コーカソイド型人魚は深海に住んでいて、普段人間の目につくところにいないので、あまり認識されていなかったんじゃないかと
司会:そうではなかった?
解説:ええ。コーカソイド型人魚が西洋人の目の前に現れたと考えるに足る、歴史的な事象があります
テロップ:「歴史的!? ヨーロッパ人と人魚が出会った理由とは…」
(CM)
司会:西洋人が出会い、『人魚姫』のモデルになった人魚が、深海に住んでいてめったに見られないコーカソイド型人魚だと考えられている。その歴史的な理由ってのはなんなんでしょうか?
解説:これです
(解説、何かの液体が入った小瓶を差し出す)
(小瓶のアップ)
ゲスト:油…?
解説:開けてみてください
ゲスト:くさい!
司会:わ、なんだこのにおい、何?
解説:これは鯨油です。鯨から採れる油
ゲスト:鯨から油を採るんですか?
司会:お肉じゃなくて油?
解説:かつて捕鯨産業において重要だったのがこの鯨油です。お肉は、西洋人は食べませんのでね、油だけ採って捨てていたくらいです
司会:おいしいのに~
ゲスト:どうして油と人魚が関係するんですか?
解説:油というより、油を採った残りが、関係します。映像ご覧ください
テロップ:「深海――カメラは捉えた!」
(VTR、死んだ鯨の骨の周りに集まる生き物たち。人魚が一匹、巨大な鯨の肋骨に伏せて残った死肉を食べている。降下する探査機のライトに気づき、カメラに向かって顔を上げる。全体に色素の薄い容姿)
ゲスト:人魚だ!死んだ鯨を食べている…?
解説:コーカソイド型人魚は深海に住んでいることはお話ししましたね。深海にはあまり食べ物がありません。死んだ鯨が落ちてくると、周りにそれを餌にする生き物たちが集まってきます。これを鯨骨生物群集と言います
司会:なんかパーティーみたい!
解説:そうですね、『人魚姫』が書かれる前、大西洋ではパーティーのごちそうがたくさんあったはずです。
ゲスト:あっ!さっきのお話……油の残り、お肉を捨てるってことは……
解説:その通りです。深海の人魚にとって鯨肉はたまのごちそうでしたが、捕鯨で鯨の死体が多数放棄されたので、海面近くまで進出して来たのではないでしょうか?これが現在唱えられている説です。
司会:ごはんがいっぱいあるから!つい来ちゃったんだ!
ゲスト:でも浅い海域にはさっきの、モンゴロイド型人魚がいるんですよね?ケンカにならないのかな?
解説:近年の学術調査では大西洋にはあまりいないみたいです。ではなぜ、ヨーロッパで認識されていた人魚がモンゴロイド型だったと思われていたか、ですが……
(人魚のミイラの写真が映される)
ゲスト:わっ怖い!人魚のミイラ…?
解説:はい。江戸時代の日本にとって、人魚のミイラは輸出品の一つでした。魚の寄る磯に人魚はいますから、漁業をしていて獲れることも多かったんですね。漢方薬の材料としてだったり…オランダ船にはお土産として積まれたのだと思われます。
司会:それでモンゴロイド型人魚が欧州に渡ったんだ。
解説:そして西洋でもモンゴロイド型人魚が一般的だったと誤解された、という流れです
司会:はあ~!
(エンディングテーマ)
司会:ひかりさんどうでしたか今回!人魚!
ゲスト:とっても面白かったです!一口に人魚と言っても、かなり生活に差があるんですね!
司会:まあ俺とひかりさんの生活の差もすごいですからね、俺なんか髪の毛も体も石鹼で洗ってるし、トリートメントとかしませんもん
(笑い声)
司会:ありがとうございました~また来週~
※作者注―これは架空のテレビ番組ですが、実際のテレビ番組と同様、内容の正確さは保証されていません。
以前、黒人の人魚姫がどうこうという話を見て、"どうせ人種を持ち込むんだったらそれぞれの生態の差を考えたほうが面白いのではないか?例えば白人の人魚は日差しの届かない深海に住んでいて~"などと妄想していたものをテレビの動物番組というていでまとめてみました。結局ネグロイド型人魚は出ませんでしたが……
この世界では、「人魚の肉を食べると不老不死になる」というのは「初物を食べると長生き」みたいな迷信です。人魚のお刺身はたいていモンゴロイド型人魚が使われ、フカヒレ姿煮と同じくらいの珍しさだと思います。