もったいぶってるつもりはないんだが
デルフィニウムを背負ったミャーリーは無事に地上に降りられたようだ。イリスが用意した特製のランタンに灯が灯ったことをメリアは上空から確認して気球の高度を上げた。
上空からでもミャーリーの持つランタンの光はよく見える。イリスの前の世界にあった提灯という道具をモデルに作られたらしいそれは、どの方向からでも明かりが見えるように工夫がされていた。
ミャーリー達が動き出した。建物の間を縫うように要塞内を動いていく。目指すは要塞でも最も王国領に近い城壁だ。そこにイリスが釘付けにした多くの敵兵達が集まっている。
ランタンの光が動きを止めた。どうやら、付近にいた敵兵に見つかったらしい。
「敵兵に見つかってしまった場合はどうしましょう? やはり、強行突破しますか?」
「お前は……」
メリアのあまりに脳筋な発想にイリスは頭を抱えた。
「その点は大丈夫だ。むしろ、その方が話が早くなる」
「と、いいますと……?」
「デルフィにはこう言ってもらう。『司令官に会わせろ』と」
「どういうことなの……?」
「下っ端の兵士がデモン族にいきなり鉢合わせて、その場でいきなり襲いかかってくることは絶対にない。まずは上の判断を仰ぐはずだ。つまり、自動的に敵の中枢へ案内してくれるというワケさ」
しばらくしてランタンが動き出した。イリスの思惑通り、デルフィニウムと鉢合わせた敵兵はデルフィニウムたちを司令官の下に案内することにしたようだ。
敵兵に先導されたデルフィニウムたちは道中何人かの兵士達と遭遇したものの、敵兵に導かれているためにさしたる問題もなく城壁の外階段を上っていく。メリアは気球を操ってその上空から付いていった。
城壁の上には空から見てもかなりの数の敵兵が集まっていた。ミャーリーの持つランタンがその中に入っていく。ランタンに多くの敵の姿が照らされている。
やがてデルフィニウムは一際大きな敵兵の前にやってきた。下半身が蛇の亜人、ラミアの一種だと思われた。
念のためにメリアは気球の高度をさらに上げた。
ラミアはデルフィニウムの前に立ち、身体を屈ませた。デルフィニウムは両手を挙げた。
次の瞬間、デルフィニウムの全身から紫色の煙が吹き出した。あらかじめ睡眠の魔法の使用時には上から見てもわかるように同時に煙を出す手はずだった。イリスは“眠りの雲”と言っていた。
「要塞内の敵兵を眠らせるのはいいのですが、それではデルフィさんを含めた周囲の全員が眠ってしまうのではないですか?」
「まあ、その懸念はもっともだな。そこでここでも気球が力を発揮する」
「勇ミャはいつももったいぶってるにゃ。ミャーにもわかるように説明するにゃ!」
「もったいぶってるつもりはないんだが……」
イリスは乱暴に頭をかいて話を続けた。
「範囲魔法の効果範囲はこういう球の形になるはずだ」
イリスは手でまるく球を描くジェスチャーをする。
「だから、こう……」
イリスが先ほど描いた球の上を指さすと、メリアは合点がいったようだ。
「なるほど。効果から外れるくらいの上空に退避すればいいのですね」
「そゆこと。で、魔法の発動が確認できたら降りてきて要塞の正門を開けるという簡単なお仕事だ」
「なんとすばらしい! さすがは勇者さまです!」
「だーかーら! 抱きつくなって!」
紫色の煙が完全に消えたのを確認してから十カウント――タイミングと高さは事前の練習でばっちり身体に覚えさせてある――後、メリアは気球をするすると下ろし、ヴレダ要塞の中に降り立った。
イリスの目論見通り、要塞の中は静まりかえっていた。デルフィニウムもミャーリーも、そして要塞内のすべての敵兵も全員眠っていたのである。
そのまま要塞の正門へと赴き、馬車が二台並んで通れるほど大きな門のかんぬきを外して正門を開いた。
ヴレダ要塞の無血攻略成功の瞬間である。




