山の高さまで上がるのですか?
魔封石からのエネルギー供給を受け、気球は少しずつ上に浮かび上がっていく。すでに市庁舎の屋根ほどの高さになっている。
「だ、大丈夫なんですか? 落ちたりしないですか?」
今度はメリアが籠の縁を強く握りしめながら下をのぞき込んで言った。
「大丈夫だって。見ろ。籠はロープであの木に固定されてるからロープの長さ以上にはならないさ」
メリアは下をのぞき込みながらきょろきょろと辺りを見回してぴんと張ったロープがしっかり木に結びつけられているのを確認すると、ようやく安心したかのように笑顔をイリスに向けた。
「にゃーっ、にゃーっ! すごいにゃ! さすがは勇ミャにゃ!」
普段から屋根の上に登っているミャーリーが大喜びなのは予想通りだったが、意外なのはデルフィニウムが初めての空を飛ぶという体験に目を輝かせていることだ。
「すごいの。風船の下で火をたくと籠が上に動くの。たき火をすると灰が舞ったりするの。それなの?」
「お、おう……。そうだがひと目でわかったのか。すげーな」
デルフィニウムの洞察力にイリスは驚いたが、当の本人はふるふると首を振る。
「全然すごくないの。そこにもうあるものを見てどう動いているかわかることより、何もない所からつくる方がずっとすごいの」
「ああ……そ、そうだな……」
元の世界にあったもんだけどなとはさすがにいえる状況ではなかった。
居心地が悪くなったのでこの話を打ち切ることにした。イリスは籠から顔を覗かせて中庭で気球を見上げている職人に向けて手を振って指示を出した。
「第一段階は成功だ。これから飛行テストに移る。ロープを切ってくれ」
イリスの指示に職人達がわらわら動き出す。その一方、彼ら以外に大きく反応したものがいた。メリアだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今なんとおっしゃいました? ロープを切る?」
メリアはイリスの肩を掴んで前後に激しく揺らす。イリスはなすがままだ。
「ロープを切ったらもっと高く上がってしまうではないですか! 落ちたらどうするんですか! あああっ、もうこんなに高い!」
メリアが籠から下をのぞき込むが、すでに気球は市庁舎をはるか下に望むほどの高さになっており、さすがのメリアでも飛び降りるという判断には及ばなかったようだ。
「落ち着けって。これからお前には気球の操作方法を覚えてもらうんだから、高さには今のうちに慣れておけよ」
「わ、私がですか!?」
メリアの顔色が一瞬で青ざめたのがわかった。メリアはイリスに問い詰めるように顔を寄せ、残像が残りそうな勢いで首を振った。
「む、無理です! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ィ!」
「何スタンドバトル始めそうなこと言ってるんだよ。お前、高い所好きだろ? 初めて会ったとき、木の上から正義を語ってたじゃないか」
あれはイリスが王都を旅立ったその日の夜だった。盗賊と化した仲間に縛られ、脅されている所に颯爽と現われたメリアは木の上から蕩々と正義を語っていたのだ。
あれを見てイリスは、正義の味方とは高い所が好きなのだと理解したのだ。
「あ、あれとは違います! だいいち、こんなに高い木なんてないじゃないですか!」
「だーい丈夫。すぐに慣れるって。木の高さも山の高さも変わんねえって」
「や、山の高さ? 山の高さまで上がるのですか?」
「まあ、そのうちにな。それよりも早く操作方法覚えないと魔封石に込められてる魔法が尽きたら真っ逆さまだぞ」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁ……。勇者さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女騎士の嘆きの声はその日、空が赤く染まり青くなっていくまで続けられた。




