お前が持ってきた話だろうが
「あー、いたいた」
若い職員にイリスの居場所を聞いてから市庁舎の廊下を進み、いくつか角を曲がった先に出ると中庭が望める場所まででてきた。
そこにはあの若者が言ったとおり、町民とおぼしき人々が中庭で作業していた。大きな布のようなものの周りでしゃがみ込んで何かを作業したり、何かを縫い付ける作業をしたり。あれは大きな籠だろうか?
人々の中に混じって広げた布の様子を見たり、周囲の人々からの質問に答えたりしている一際小さな人影がある。
一見迷い込んだ小さな女の子にしか見えないが、彼女こそが正真正銘、先の戦いで街を守った功労者、第999勇者のイリスだ。
イリスは手元の紙と地面に広げられた布を見ながら何やらつぶやいている。
「勇者さま!」
ようやく見つけた勇者の姿にカーンは表情を緩めて歩み寄っていった。
しかし勇者はカーンの呼びかけに気づく様子もなく、紙を見ながら布の周りの人々に指示を出している。
「勇者さま、勇者さま!」
カーンがイリスの脇に来てその目の前で視線を遮るように手を振りながら呼びかけると、イリスはようやく尋ね人の存在に気がついたようだ。
「カーンじゃないか」
あからさまに嫌そうな顔をした。どうやら、カーンの日参はイリスにあまりよい印象をもたらしていないようだ。
しかしそれで挫けるようなメンタルの持ち主では王宮の文官は務まらない。
カーンは全く気づいていないかのような声色でイリスに聞いた。
「勇者さま、何をなさっているのですか?」
その問いに対し、勇者は嫌そうな顔を変えることなく答えた。
「はぁ? お前が持ってきた話だろうが」
「は? 私が、でありますか?」
カーンは記憶を辿る。彼がイリスに持ってきた話。それは今から数日前のことであった――




