なんか街から職人を集めていたみたいス
カーン・リョウは王都の南西にある村の出身である。
聡明だったカーン少年は、幼い頃からその将来を嘱望されており、村の人々からの期待を一身に背負って王都の学校で学び、そのまま王宮へ就職した。
現代日本風にいうなら、国立大学を卒業してキャリア官僚になったようなものだ。
村始まって以来の快挙である。
その後カーンは王宮内でも順調に頭角を現していき、末席ではあるが、勇者召喚プロジェクトの一員に任命された。
その後、第999勇者の担当文官になり、そして今カーンは生まれ故郷からも王都からもはるか彼方のカールトンの街にいた。
「勇者さま、勇者さまぁ! どこにおいでですか?」
カールトン市庁舎の中を王都の文官が歩くことは普段ならあり得ないことだ。王国では地方分権がはっきりしており、特に文官の中での縄張り意識が根強い。
「くそっ。どうして私がこんなことを……。勇者さま!」
今も庁舎の中を大きな声で勇者を探して歩き回るカーンの姿をカールトンの文官達が冷ややかな目で見ている。
それに気づかないカーンではなかったが、そんな扱いにはもう慣れた。
勇者のサポートは王命、つまり国策なのだ。木っ端役人でしかないカーンに任務を放棄するという選択肢は存在しない。
そもそも国家公務員に相当するカーンがどうして地方の市庁舎にいるのかというと、彼の担当する第999勇者、イリスがこの市庁舎にいるからだ。
およそ一ヶ月前の帝国軍の侵攻を見事――と、多くの王国民は思っている――撃退してみせた異世界からの勇者達のうち、特に功績が認められた勇者達は、その功績を認められて今は王都で贅の限りを尽くした歓待を受けている。
ただひとりの勇者をのぞいて。
その一人の勇者というのが、よりによってカーンの担当する第999勇者だったのだからカーンにとってはたまらない。
総攻撃に乗じて街に火を付けようとした帝国の工作員の存在を察知し、見事これを撃退した勇者イリスは先の戦いでの最殊勲者であると言っても過言ではないはずなのだが、カーンからの再三の帰還要請にもかかわらず、この町から動こうとしなかった。
その理由が「面倒だから」というのがカーンには全く理解できない話だった。王宮から招待されて断るなどカーンには想像もできない。
その代わり、どういうわけかこの街の市政を引き受けることになってしまい、この市庁舎に引きこもっている。
それ以来、カーンはこのカールトン市庁舎内の執務室に日参するようになったのだが、今日に限ってその姿が見当たらない。
だからこうして市庁舎の中を周囲の目線にさらされながら探し回っているのだ。
「あー、きみ。ちょっといいかい?」
カーンはちょうど部屋から出てきた若い職員に聞いてみることにした。
「なんスか?」
職員は返事をしてから相手の顔を見て、しまったという顔をしたが時すでに遅し。
カーンはすかさず問いを投げかけた。
「私は第999勇者さまの担当文官なのだがね、勇者さまの姿が見当たらないのだよ。執務室はもう探したのだが……どこにいるか知らないかね?」
職員は何で自分がと今にも言い出しそうな顔をしていた――実際、小さく舌打ちをしていたのをカーンは見逃さなかった――が、ここでとぼけても面倒になることは火を見るより明らかだったので、素直に答えることにしたようだ。
「あー、勇者サンなら中庭っスよ。なんか街から職人を集めていたみたいス」
「ありがとう。感謝するよ」
カーンはそのまま中庭の方へ歩いて行った。それを見て若い職員はまたあのクソ上司にドヤされるんだろうなとがっくり肩を落としたが、その後彼がどうなったかはカーンの知る所ではなかった。




