今日からお前の名前は『チキンナイフ』だ
「勇者さま」
「ん? なんだー?」
カールトン市庁舎の執務室でいつも通り書類と格闘していると、メリアがやってきた。最近、王都に連れ帰ることは諦めたのか、カーンがやってこないので仕事がかなり捗っている。それに比例して街の財政状況も格段に良くなっていた。
「これを」という言葉と共に、コトリと何かが机の上に置かれた。
「何だこれ……?」
それは、ずっしりと重たいように感じられたが、イリスでも片手で持つこともできるほどの重さのナイフだ。
そう、ナイフである。
「どうしたんだ、これ……?」
ナイフをしげしげと見つめる。どこかで見たことがあるようなないような気がするナイフだ。
「『枯れ木に花』ですよ」
「枯れ……? これが?」
先日、メリアが武器屋で購入した数打ちのそのロングソードは、試し斬りとして赴いた森の中でメリアが巨大なカメの胃袋に突入した結果、胃酸で半分溶けてしまった。
「はい、それを作った鍛冶屋さんに持って行って、改めて打ち直してもらったんですよ」
幼女勇者戦用に打ち直してもらったというそのナイフはイリスの手にしっくりと馴染んだ。かつての数打ち物とは異なり、美しい装飾が施されており、それまでの姿とはまるで別物のように見えた。
「ふうん。ま、いいんじゃねーの?」
ナイフを革製のケースから抜いてその輝く刃先を見ながらイリスは言った。
そしてそれを返そうとした所、メリアに止められる。
「勇者さまに差し上げます」
「え? オレに……?」
「はい。普段の感謝の気持ちとでも思っていただければ」
イリスはそのナイフを両手で弄びながら素っ気なく答えた。
「ま、くれるならもらっておくけど」
「ふふふっ、喜んでいただけたようで良かったです」
照れ隠しに素っ気なく言ったつもりだったが、メリアには筒抜けだったようである。
彼女の腰には新しくしつらえた鞘に収まる美しい剣が収まっていた。カメの腹の中に残された剣である。
メリアはそれに『泉の女神』と名付けたようである。カメの胃酸を泉に見立てるのはどうかと思ったが、メリアのセンスなので口を挟むのはやめておいた。
しかし――
「オレの武器にするなら『枯れ木に花』なんて名前は変えないとな」
「えーっ、どうしてですか!? いい名前なのに……」
「どこがだよ」
メリアの抗議を適当に流して、イリスは手の中のナイフをじっと見つめる。そして浮かんできた名前は――
「そうだな……今日からお前の名前は『チキンナイフ』だ」
「『チキンナイフ』……? 勇者さま、失礼ながら勇者さまにはあまり名付けのセンスは……」
「お前が言うか! この名前はな、逃げれば逃げるほど強くなる伝説のナイフの名前なんだ。まさにオレにふさわしいだろ?」
「はぁ……。私には理解できませんが……」
「ふふ……。オレの武器、か」
イリスは上機嫌で『チキンナイフ』を眺めた。
メリアが自分の剣に名前を付けて愛でる気持ちが少しだけわかった。
……あのネーミングセンスだけは理解できないけど。




