おぉ、冒険者ギルド!
「さて、新しい剣も手に入れたことですし」
店を出てから少し歩いていたら、メリルが腰にくくりつけた新しい剣の柄を撫でながら言った。剣の名前はメリルによって『枯れ木に花』と名付けられた。相変わらずのセンスだ。
「試し斬りでもしましょうか」
穏やかな笑顔のままそんなことを言い始めるからイリスは一歩後ずさった。あの凶戦士の影がちらついたからである。
「いや、待て。こんな所で何を斬るつもりだ?」
少し怯えが入っている様子のイリスを見て、メリアはにっこりと優しい笑顔を浮かべた。
「魔物の退治をしましょう。困っている人の依頼を受ければ正義もなすことができるし、一石二鳥です」
正義バカらしい言い分だが、イリスとしても市庁舎に帰りたくない理由があるのでここは乗ることにした。
「そうと決まれば冒険者ギルドへ行きましょう」
「おぉ、冒険者ギルド!」
その名前にイリスのテンションも自然と上がっていった。なんといってもあの冒険者ギルドである。
「ここが冒険者ギルド……?」
「なんか……思ってたのと違いますね」
カールトンの冒険者ギルドは町の西外れ、大通り沿いにあった。
冒険者ギルドといえばたくさんの依頼が貼られた掲示板の前に大勢の冒険者が集まっているというのがイリスのイメージであった。
しかし、このこの冒険者ギルドには掲示板こそあれどそこに依頼の紙は貼っておらず、それどころかフロア内に冒険者らしき人は誰もいなかった。
どう見ても閑古鳥が鳴いている。
「見ない顔だね。なんの用?」
奥の受付と思われるカウンターの向こうに座っていた愛想の悪い女性が疑わしげな目でこちらを見ている。しかしメリアはそれに気にする様子もなく受付の方へ歩いて行くと、
「依頼を受けに来ました。魔物に困っている人を助けて、正義をなすのです」
「あんたが?」
受付嬢の疑わしげな目がますます鋭くなる。ただメリアは変わらずニコニコと笑顔で受付嬢を見ている。
受付嬢はメリアをじっと見た。頭から足までじっくりと見定めて、その疑わしげな瞳は全く変えることなく、
「ま、いいさ。本当なら冒険者登録してない余所者は相手にしないんだけどね。この通り開店休業状態だ」
「どうしてこんなに閑散としているのですか?」
「知らないのか? 王国が異世界から召喚したという勇者の仲間にするために有力な冒険者はみんな召し上げられたんだよ。おかげでこっちは仲介料が入らず虫の息さ」
受付嬢がため息をついた。メリアとイリスはお互いの顔を見合わせて肩をすくめる。
「ま、街の外で大きな戦いがあったすぐ後だからね、魔物も今はおとなしくしてて依頼自体それほど来てないんだけど……そうだ」
そう言って受付嬢はカウンターの下に手を伸ばして何やらごそごそとし始めた。やがて一枚の紙を取り出し、カウンターの上に置いた。
「魔物退治の依頼なら一件だけ来てるよ。街から西に半日ほど行った森の中の集落だ」
「うげ、半日か……」
イリスが呻いた。歩いて半日と言われて山の中の村から鉱山へ行ったときのことを思いだしたのだ。あの時は半時間と言われて半日かかってしまった。今回は一体何日かかるのか。
「集落までは道が続いてるから馬車で行けばいいさ」
イリスの事情を知っているわけではないだろうが、受付嬢が補足説明してくれた。
「やります」
詳細を聞くこともなくメリアがカウンターの上に置かれた紙を掴んだ。そのまま冒険者ギルドを後にしようとすると、受付嬢が慌てて声を掛ける。
「ちょっと待ちな! 冒険者登録をしないと報酬が……!」
「報酬はいりません! 正義は無償で成されるものなのです!」
そのまま冒険者ギルドから出て行ってしまった。
「おい、待てよ!」
仕方がないのでイリスもメリアのあとを追って冒険者ギルドを後にした。




