この店で一番いい剣が欲しいのです
「この店で一番いい剣が欲しいのです」
メリアの言葉に店番の少年は一瞬驚いたような顔をしたかと思うと、
「……す、少しお待ちください」
と行って奥へ下がろうとした。しかし、
「その必要はねえ」
少年が向かおうとした店の奥から初老の男性が現れた。
小柄だが引き締まった身体をしている。髪は白いが、肌は日に焼けて真っ黒だ。顔には深い皺が刻まれているが、瞳はその年齢にそぐわないほど鋭い。
店主の老人はその鋭い目でメリアをじっと見る。メリアはそれに怯むことなく平然とその視線を受け止めている。
「……ただの金持ちの道楽かと思ったが、そうでもなさそうだ。いいぜ、好きなのもっていきな」
「ありがとうございます」
メリアはぺこりと一礼すると、店の中を見渡した。数回店の中で視線を巡らせると、店の隅の方へと歩き出した。
そのまま一本の剣が掛けてある所まで行くと、足を止めた。
その剣はこの店に飾ってある剣の中で最も派手な装飾がされている剣である。
「…………」
店主の瞳が光ったようにイリスには思えた。
メリアは手を伸ばす。その装飾過多の剣ではなく、その下の傘立てのような入れ物に雑に突っ込まれている特価品扱いの剣へと。
そのまま何の代わり映えもしない一本のロングソードを手に取り、鞘から引き抜こうと――
「ま、待て……!」
イリスが止める前にメリアは鞘からロングソードを引き抜いていた。狂戦士と化したメリアが店の中で大暴れする様を想像したが、そうはならなかった。
もしかすると、自分の剣でないと狂戦士にはならないのかもしれない。
イリスは穏やかな顔のまま抜き身の剣を数度軽く振って剣の様子を確かめる。
「うん、これがいいですね。これにします」
メリアは剣を鞘に戻し、笑顔で店主に向き直った。
「本当にそれでいいのか? それは確かにいい剣だが、数打ち物だぞ」
数打ち物とは、戦場で兵士達が使用する大量生産品だ。消耗品としてとにかく数が必要とされるので一定した品質と安価な値段設定、それに誰にでも使える凡庸さが求められる。
そう言うものの中にも時折、奇跡のような名剣が生まれると昔、イリスはネットの記事で読んだことがあるが、これがそうなのだろうか?
「あんたほどの目利きならもっといい剣がわかるんじゃないか?」
心配そうな店主に対してメリアは笑顔のまま断言した。
「いえ、これがいいんです。何か……呼ばれているような気がして」
「呼ばれてるって、その剣にか?」
イリスが問うと、メリアは手に持った剣を愛おしそうに眺めたまま、
「いえ、この剣ではなく、この剣の向こうから何かが聞こえてくるんです」
「向こうから……? よくわからんが、そんなこともあるんだな」
そう言ってイリスは店主の方を見たが、店主は肩をすくめてみせた。彼にもメリアの言っていることはわからなかったらしい。
「とにかく、この剣をいただきます。おいくらですか?」
店主に言われるままの金額を支払い、メリアは新しい剣を手に入れた。




