もやしっ子になってしまいます
「だったら買いに行けばいいだろ? いちいちオレの許可を取らなくても……」
「一緒に行きませんか?」
「はぁ? オレはいいよ。行っても楽しくないし。オレにはこれしか装備できないし」
そう言ってイリスは机の上に小ぶりな刃物を置いた。
包丁にしか見えないそのショートソードは王宮で支給されたものだが、王宮で最も軽い刃物らしい。イリスはその見た目通り、十歳児並みの力しかないのだ。
「いえ、一緒に行きましょうよ。勇者さま、ここ最近部屋に籠もりきりで外に出てないじゃないですか」
「仕事が溜まってるからな。それにオレはインドア派だから籠もってても苦じゃないし」
「そんなことではダメです! もやしっ子になってしまいます。強い子になれませんよ!」
「だーっ! オレを子供扱いするな! いいからお前は一人で武器を買いに行け!」
そう言い捨ててイリスは目の前の書類に集中する。この数週間でこの世界の文字も結構わかるようになってきた。
「ほら、仮設住宅建設の予算執行書だ。当初計画の四割の予算で組んである」
「ありがとうございます!」
傍らで控えていた役人に今書き終えたばかりの書類を渡すと、役人は喜んでそれを持ち、部屋の外へ出て行った。
「行きましょうよー、勇者さまー!」
「いーやーだー! オレは絶対外には行かないー!」
メリアがイリスの腕を引っ張って外に連れ出そうとした。机にしがみつきだだをこねるイリスからはヴレダ要塞を攻略した勇者の威厳は全くない。ただの幼女だ。
「あのー、よろしいでしょうか?」
そこに割り込む声があった。先ほどまでイリスの脇に控えていた役人とは異なる男がイリスの執務室に入ってきていた。
「あれ? あんた確か……えっと……誰だっけ?」
「カーンです。ルーシェスのお城でお会いした、イリス様の担当文官のカーン・リョウです」
「ああ、そうだった。久しぶり、カーンさん。もしかして、わざわざ王都からこっちまで来たの?」
「はい、イリス様の担当ですので。さっき到着した所です」
「へぇ、大変だねぇ。長旅で疲れたろ? 今日はもう休んだ方が……」
「いえ、そうも行かないのです。今日はイリス様を王都にお連れするよう言いつかって――」
カーンの言葉を遮るようにイリスは勢いよく立ち上がった。
「メリア、武器を買いに行くぞ」
「え、えぇ?」
イリスはメリアの手を引いて執務室の重厚な扉を、体重を思いっきり掛けて押し開く。非力なイリスにはこの高級そうな扉は重すぎるのだ。
「イリス様、お待ちください! 王都より召喚命令が来ております。先の戦いでの功績を――」
「悪いな、今日は忙しい。また今度考えることにする」
「イリス様ー!」
悲痛なカーンの声を置き去りにするように、イリスはメリアとカールトン市庁舎をあとにした。




