お前は、一体……
「メリア!」
イリスが後方に立つエルフの男を指さした。エルフはこちらに向けて手のひらを向け、精神を集中させていた。魔法を発動する寸前のように見えた。
「ちっ……間に合わねえ……!」
舌打ちしながらもエルフに向けて走り出すメリア。
エルフの魔法が発動しようとしていた。彼の手のひらに魔力が凝縮している。
「そ、そうはさせない……にゃ!」
今まさに魔法が打ち出されようとした瞬間、エルフの横合いからミャーリーが投げたナイフが飛んできてエルフの手首に突き刺さった。
「ぎゃあ!」
「!!」
エルフが叫び、発動しかけていた魔法が暴発した。エルフの全身が爆発に焼かれ、メリアもその中に飛び込む格好になった。
ミャーリーとメリアが一瞬とはいえ行動不能になった瞬間を見計らったかのように、先ほどメリアに蹴り飛ばされた人間の女が戦線に復帰してきた。
「あの小さいのが指揮官のようですね。なら最初に潰させてもらいます!」
女がロングソードを掲げイリスに飛びかかる。
「……しまっ!」
いち早くメリアが反応したがこの距離ではいくらメリアであろうと敵とイリスの間に割って入ることはできない。
「くそっ……!」
戦場を二箇所に分散させて注意が散漫になってしまったことにイリスが舌打ちするが、後の祭りである。おそらく敵の精鋭であろう敵の女を前に、非戦闘員のイリスと前衛として全く役に立たなかったデルフィニウムではなすすべもない。
イリスの首を刈り取らんと女のロングソードがなぎ払われる。
イリスの目に女の姿が映った。女もまたイリスの瞳をまっすぐ見つめている。ふたりの目があった。
「…………!?」
「…………!!」
その瞬間、奇妙な感覚に取り付かれた。
敵の女以外のすべてが消え失せた。彼女の瞳に吸い寄せられる。
赤い髪、赤い瞳。見たことのない女だ。
当然である。この世界の知り合いは多くないし、ましてや、帝国軍に見知った顔など一人もいない。
なのに既視感が拭えない。
不快ではない。快、不快を越えたどう形容したらいいのかわからない初めて覚える感情が胸の中にわき上がってきている。
イリスは相手の様子を確認した。
相手も戸惑っているのか、こちらを見て動揺しているような様子だった。
いや、何かがおかしい。
そうだ。そもそも、この女は自分を殺そうとしたのではないか?
しかし今は彼女以外何もない空間に漂っており、まるで迷い子のような不安げな表情でこちらを見つめているだけだ。
「お前は、一体……」
イリスは女の方へ手を伸ばして言った。女の方も何かを言っていたようだが何を言っているのかはわからなかった。
次の瞬間、世界が元の姿を取り戻した。初夏のむせかえるような草の香り、遠方でうずくまるねこ娘と身体に火を付けたままこちらに向かってくる女騎士、傍らでなすすべもなく狼狽えている魔法使い。
そして、首筋に銀色に輝く刃を突きつけている赤髪の女。
イリスの首を刈り取ろうとしていた女のロングソードはしかし、その目的を果たすことなくイリスの首筋で止まっていた。イリスと女の間に緊張が走る。
一瞬の間。しかし、それはイリスにとって永遠にも感じられる間だった。おそらく、相手の女にとってもそうであろうということは確信できた。
「イリス……!」
身体に火を付けたままのメリアが猛然と突進してきた。




