破壊工作をするためには目立たない方がいいからな
乾期で水の少ない大河カールトンの川辺を少しの距離を置いて歩く影。
四人が四人ともどこにでもいそうな町人の格好をしている。
「破壊工作をするためには目立たない方がいいからな」
平原で勇者達と戦っているのはオークやミノタウロスなど、いかにも『魔物』といった感じの敵が多いが、イリスの指摘通りやってきたのは大きさに差はあるものの、至って普通の人々のように見えた。
一人はエルフのような耳の尖った男、一人は背の小さなドワーフのような男、一人は全身がウロコで覆われているリザードマン、そして最後の一人はどう見ても人間の女。
「人間……!?」
隣で息をひそめるメリアが驚きに表情を歪めた。
帝国に人間がいるということは知られていた。もともと、西王国を建国した人間達は東大陸から逃げてきた人々だから当然のことだ。
しかし、人間は他のどの種族よりも腕力も魔法能力も劣り、そのことが原因で帝国では奴隷に近い扱いを受けていることはよく知られていた。
帝国の皇子を指揮官とする本隊を囮とした特殊作戦に従事するとは思いも寄らなかった。
しかし、あの四人が工作員であることは間違いがない。
あらかじめ、町の人々には決められた街道以外からの出入りを固く禁じていた。それは徹底されており、イリス達がここに貼ってからの数日間、ここを通る住民は皆無であった。
つまり、あれは紛れもなく帝国の工作員である。
そうしている間にも四人の人影は川辺を街に向けて歩いてきた。
イリスはじっと川辺の一点、大きな木の木陰となっている場所を見た。
そこには、街の猟師から仕入れた特製の罠が仕掛けられている。嗅覚の鋭い野生の獣でさえ探知できない罠だ。
幸いなことに、四人は固まって歩いている。このまま歩いて行けば四人とも一網打尽にできるだろう。
「あと五メートル……三……二……今だ!」
四人全員が罠の範囲に入ったことを確認すると、イリスは隠してある縄を引いた。
工作員達の足元に設置してあった網が巻き上げられて工作員達の身体を捕える。工作員達は木に吊り下げられる形になって無力化されるという寸法だ。
しかし、ことはそううまくは行かなかった。
網が巻き取られるその瞬間、工作員達は別々の方向に一斉に飛び上がったのだ。
「うにゃっ!」
いち早く動いたのはミャーリーだった。
ミャーリーは太股に取り付けてあるナイフのうち一本を素早く投げた。
ナイフは運良く敵の一人、ドワーフの男の太股をかすり、ドワーフを転倒させた。ドワーフは罠を避けることができず、罠は期待通りの働きをしてくれた。縄はドワーフの足に絡みつき、ドワーフを逆さづりにした。
しかし、他の三人は素早く状況を確認すると即座に戦闘態勢に入った。
「あそこだ。待ち伏せているぞ!」
木に吊り下げられたドワーフの男は高い位置にいたためにいち早くイリス達の居場所を掴んだ。その指示に他の三人は素早く襲いかかってくる。
「メリア、やれ!」
「ぶっ殺す!」
剣を抜いて凶戦士化した姫騎士が物騒な台詞を吐きながら飛び出した。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




