牛になるのはイヤにゃ!
「すやすや。むにゃむにゃ。それはミャーのごちそうにゃ」
「暗くて狭い場所……おちつくの。全身鎧を思い出すの」
「勇者さま、いつまでこうしていれば良いのでしょう……?」
イリスの決断により平原から撤退した第999勇者パーティ。
今彼らが潜んでいるのは前戦の街・カールトンの中でも最も戦場から離れた場所。こんな所に敵がやってくるとも思えないし、仮に戦線が崩壊してここに敵がやって来るのだとしたらすでに街は焼き尽くされたあとだろう。
しかし一行はイリスの指示のもと、こんな所で身を隠している。町外れの橋のたもとだ。
「おい、ミャーリー。起きろ。昼飯食ってからすぐに寝ると牛になるぞ」
「みゃみゃっ!? ミャーは猫にゃ! 牛になるのはイヤにゃ!」
イリスにたたき起こされ、ミャーリーは髪の毛を逆立て飛び起きた。そして自分の頭に手をやって耳を確認し、尻尾を手前に持ってきてそれを見て確認し、「よかったにゃ」とほっと息をついた。
「いいから配置に付け。敵は川の上流から来るからな、姿が見えたら敵に見つからないように戻ってオレに報告するんだ」
「みゃっ! セッコーの勤めをはたすにゃ!」
言うとミャーリーは川辺を素早く、音もなく走っていった。
カールトンの街は西大陸の北方を流れる大河カールトンの最下流に位置している。
ここはその大河が街に流れ込む地点に当たる。
イリス達はそこに架かる橋の物陰に身を隠していた。
前戦となるカールトン平原では今も勇者達と帝国軍の戦いが続いているだろう。
イリス達はそこから撤退して街に戻り、それから昼間はこの場所で待機している。
そんな生活を始めてはや数日。
「しかし勇者さま、本当にこんな所に敵が来るのでしょうか?」
不安な表情でイリスを見るメリア。
「ん? まあ、来なけりゃ来ないでいいんじゃねーか?」
「そんな無責任な!」
「落ち着けって。来なけりゃ悪くて痛み分け、多分王国軍の勝ちだ。敵の指揮官はそれが見通せないボンクラだったってことだ」
「じゃあ、敵が来た場合は……?」
「その場合はちと厄介だ。敵の指揮官は二万の軍勢を囮にしたってことになる」
「どういうこと……なの……?」
首を傾げるデルフィニウムに説明してやる。ゲーマーとは元々説明好きな人種なのだ。
「オレ達が正面の敵に目を向けている間、少数精鋭の部隊が街に侵入して街を焼けば勇者達は退路を奪われ動揺する。そうなったらあとは各個撃破だ。兵站を断つのは戦争の基礎だからな」
「ふぅ……ん……?」
デルフィニウムはわかったようなわからないような顔をしているが、メリアは理解したようだ。
「でしたら夜陰に紛れて街に入るのではないでしょうか?」
メリアの指摘ももっともだ。しかしイリスの考えはそうではなかった。
「普通はそうだろう。しかし街のすぐ外では今も戦闘が行われている。いかにも敵が侵入してきそうな夜よりも、街の注意が戦場に向いている昼間の方がより危険だ」
「なるほど、確かにそうですね……」
メリアの顔が笑顔に染まる。
「すごいです、勇者さま! まだこんなに小さいのにそこまでお考えになっているとは! あー、よしよしよしよし! いいこですねー!」
「だー! 抱きつくな! 頭を撫でるな! オレを子供扱いするな! あと胸が当たってる!」
のどかな町外れの河原に幼女の声がこだました。




