正義を成しましょう!
イリスは傍らに従者のように立つこの王国の姫の方を見た。
「メリア、地図を」
「ここに」
メリアが先ほど街の文官から受け取ってきた地図を机の上に広げた。イリスは安楽椅子から立ち上がって、机の上の地図を見渡す。
この辺りの地図だ。広大な穀倉地帯の中心を流れる大河カールトン。そして河口付近に広がる王国第三の街、カールトン市街。
イリスは地図上に指を置いて何事かつぶやきながら指先を動かしていく。
「うーむ」
敵の動きをシミュレートしていると、メリアがぐいと顔をイリスに近づけてきた。
「……近いぞ」
ジト目でメリアを見るが、メリアはそんなことはお構いなしにさらに顔を近づけてくる。
「勇者さま。何を躊躇なさっているのですか。今こうしている間にも異世界より召喚された勇者さま方が王国のために戦っているのです。彼らの働きに報いるためにもいざ、最前線へ。正義を成しましょう!」
正義バカらしい言い分だが、今から戦闘に参加してもたいしたことは出来まい。遅れてきた者が相応の働きをするためには他の者と同じことをしていたのでは間に合わない。
イリスは敵の思考をトレースしていき、やがてひとつの結論に達した。
幼女勇者は視線を落としていた地図から頭を上げ、目の前に迫る姫騎士、傍らでじっとしている魔法使い、そして木の上であたりを注視している猫メイドを順に見た。
「よし」
「いよいよ帝国軍との全面対決ですね。胸が高鳴ります」
「がんばる……」
「みゃみゃ……!」
すっかりやる気になっている仲間たち。彼女たちに勇者は指令を出す。
「第999勇者パーティ、出撃するぞ。向かう先は」
イリスは机の上に置いてある地図上の一点を指さした。とん、という音が地図を軽く揺らす。
「ここだ。敵の目標はここ、カールトン郊外だ」
「えっと、それはつまり……?」
「退却だ。街まで退却するぞ」
「え……えぇぇ――――っ!?」
「…………なの?」
「みゃみゃみゃ――っ!?」
驚く一行をよそに、イリスは安楽椅子と机を『冒険の壺』にしまい入れ、とことこと幼女らしい足音をさせて歩き出した。
「ま、待ってください勇者さま! 前戦は? 戦闘は……? 正義はどうなるのです!」
「かえる……の……?」
「ふぁ……あ。ミャー、ねむくなってきたにゃ……」
仲間たちの声を背に浴びて勇者は今来た道を引き返していった。
もっとも、イリスの体力と歩く速度では街までたどり着くのは容易ではなく、すぐにメリアにおぶられることになるわけだが。




