やっぱり間に合わなかったか!
前戦の街、カールトン。
今はそう呼ばれ、帝国との戦いの最前線として知られるこの町だったが、帝国にこの西大陸の存在が知られるまではそうではなかった。
東西の大陸を分かつ“世界の屋根”とも呼ばれるギガンティス山脈を源とする大河カールトンによってもたらされる肥沃な土壌は、下流域に一大穀倉地帯をつくり、河口近辺にあるカールトンの街は『王国の食料庫』と呼ばれていた。
転機が訪れたのは八十年ほど前である。
帝国に西大陸と、そこに暮らす人々の国――王国の存在が知られたのだ。
それまでにも東大陸から西大陸にやってきた人はいた(そもそも、西大陸の人々はすべて東大陸からやってきた移民である)が、亡命者は受け入れ、そうでないものは処分していたために西大陸から東大陸に戻った人はおらず、西大陸の存在は根も葉もない噂レベルでしか知られていなかった。
帝国が王国の存在を知ったのは偶然である。
ギガンティス山脈で脱走した奴隷の捜索をしていた帝国軍部隊が偶然、山々の西に広大な土地を発見した。
常ならばカールトン常駐の部隊が越境者を即座に確保するのだが、この時は相手が悪かった。王国の警備隊には実戦経験がなく、屈強な帝国軍によって壊滅、帝国軍も甚大な被害を受け撤退した。
山歩きに長けた捜索隊が一度越えた山道を違える事はなく彼らは帝国へと帰還。かくして帝国に西大陸の存在が知られることとなった。
それ以降、世界のすべてが領地であると主張する帝国軍はしばしば山脈を越えて侵攻を繰り返してきたが、王国軍も軍備を増強してこれに対抗。人と資本が惜しげもなく投入され、北ののどかな農村だったカールトンは前戦の街へと変わっていったのだ。
その前戦の街から西に広がる平原に今となっては珍しくもない怒号が響き渡る。
「くそっ、やっぱり間に合わなかったか!」
郊外にある丘の上で望遠鏡をのぞき込んでいるイリスがほぞをかんだ。思わぬトラブルで時間を取られ、イベントに間に合わなかった気分だ。
八十年前、帝国との戦いが始まった頃は峠越えのルートが険しいこともあり小規模の小競り合いしかなかったが、ここ数年は山道が整備されたのだろう、徐々に敵の攻勢が強まっている。帝国軍の征伐軍司令官が代わってからの出来事である。
その結果、王国辺境軍は帝国に壊滅させられ、イリスをはじめとする九百九十九人の勇者召喚に繋がった。




