はじけ飛ぶの……!
イリスは洞窟の入り口まで走っていき、あらかじめ『冒険の壺』に入れておいた藁と火打ち石を取りだした。この火打ち石は硬い所に叩きつけるだけで簡単に火が付く旅には欠かせないマジックアイテムの一種だ。
首尾良く火を付けると想定通り煙は洞窟の中へと吸い込まれていった。
それを確認するとやや離れた岩陰で待機している二人のところに戻った。
「いいか、オレが合図するから魔物が出てきたらぶちかますんだ」
「わ、わかったの……」
デルフィニウムが心配そうな顔をしているので、ミャーリーがデルフィーの頭を撫でた。兜の上からだったので、デルフィニウムがその気遣いに気づいたかどうかは不明だ。
前方では心配になるくらいの量の煙がもくもくと洞窟に吸い込まれていくのが見える。
それをじっと見ながら待つこと数分――
「げほっ、げほっ……!」
洞窟の方から咳き込むような声が聞こえてきた。
「来るぞ。魔法の準備をしておけ」
イリスの指示にデルフィニウムはこくりと頷いて精神を集中し始める。
やがて煙の向こうに人影が見えた。人間よりは幾分小さいが、がっしりしている二足歩行のシルエットだ。
「もうちょっと引きつけてからだ」
煙の中の影はふらふらした足取りで咳き込みながら洞窟から出てきた。確実に洞窟から出てきたタイミングを見計らってデルフィニウムに指示を出した。
「今だ。やれ……!」
「はじけ飛ぶの……!」
デルフィニウムの言葉とともに周囲に無数の光球が現われ、洞窟の入り口に向けて凝縮していく。集まってくる光球に照らされて洞窟から出てくる人物の姿が露わになった。
「…………! ダメだ、作戦中止!」
イリスが叫ぶが、一度発動した魔法のキャンセルは不可能だ。
どかん!
耳をつんざくような轟音と地面がひっくり返りそうな振動が起こり、洞窟のある位置から遙か遠く離れた山の頂上付近がそっくりそのまま吹き飛んだのが見えた。
「えぇぇぇぇっ!?」
「にゃにゃにゃ!」
「おやすみ……なの」
吹き飛んだ山頂を見て唖然とするイリス。
「魔法の狙いがはずれたのか? 何にしても助かった」
それは、咄嗟の判断でデルフィニウムが流れるマナを操作して魔法が炸裂するポイントをずらしたのだが、当のデルフィニウムにそれを説明することはできなかった。
なぜなら――
「にゃー! デルミャーが倒れたにゃ! 大変にゃ!」
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
ミャーリーに指示して全身鎧を脱がしてやった。苦しそうに眠っていたデルフィニウムだったが、それによって幾分表情が和らいだかのように見えた。
「おんやぁ? おめぇ達……」
イリスの背後で野太い声が聞こえた。驚いて振り返って見ると背の低い、筋肉質の男がそこに立っていた。
ドワーフの男。
洞窟から煙にいぶされて出てきた人影だ。イリスが咄嗟に魔法の中止を命じたのは洞窟からこの男が出てきたのが見えたからである。
「こんな所に娘っ子だけできてたら危ないべさ」




