困っているというほどのものでもないのですが
イリス達がバリー村に戻ったのはその日の日が暮れる少し前だった。
村の真上から落ちてきたゴーレムの頭は村で一番大きな家を跡形もなく潰していた。
言うまでもない、村長の家である。昼過ぎで家の者はみな仕事に出ていたことで人的被害がなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。
ゴーレムの頭だった巨岩は今もその場所になかば地面にめり込む形で鎮座している。ゴーレムの頑強さと、それを一撃で破壊したメリアの常識外れのパワーを図らずも証明した形になった。
「本っっっっっっっ当に申し訳ありませんでした!」
頭を地面に擦りつける勢いでメリアが出迎えた村長達に頭を下げた。
「い、いや……幸い怪我人もいなかったことですので……」
村長はそう言っていたが、さすがに顔が引きつっている。床に穴を開けたレベルではないのだ。
「どうお詫びしてよいものやら」
「いえですから、お詫びは不要ですので、頭を上げてください」
家を壊されて怒らない者などいないのだが、相手は一刻の王女である。表だって責任を追及するわけにも行かないだろう。しかしこのままではメリアの気が済まないだろうことも確かだ。剣をおさめた彼女は度を超した常識人である。
「とりあえず家は責任を持って直します。その他にオレ達にできることだったら何でもします。何かお困りのことは?」
平謝りのメリアに代わってイリスが村長との折衝役になることにした。
そう提案してもしばらくは恐縮していた村長だったが、やがて折れたのか、「困っているというほどのものでもないのですが」と前置きをして話し始めた。
「ぜぇ、ぜぇ……。あぁ、酷い目に遭った……」
目的の場所がようやく見えた。イリスは側にあった手頃な石に腰掛け、下を向いてぜえぜえとぐったりしている。俯いた額からは汗の雫がぽたぽたと滴り落ちている。
「大丈夫……なの?」
「ぜぇ、ぜぇ……いや、大丈夫じゃねー」
デルフィニウムから水筒を受け取ってぐびぐびと中身の水を飲んだイリスはようやく人心地付いたのか、頭を上げて前を見た。
そこには岩肌にぱっくりあいた穴。その奥は深く、中がどうなっているか窺い知ることができない。洞窟だ。
イリスは前の日の夜のことを思い出す。
「困っているというほどのものでもないのですが……」
バリー村の村長が言うには村から山道を歩いて三十分ほどの距離にある洞窟に、最近何者かが住み着いたらしい。
「魔物か……」
イリスの呟きに村長は「はっきりとしたことはわかりません」と答えた。
不幸中の幸いというべきか、まだ物的、人的な被害は出ていないということだが、被害が出てからでは遅くないし、村人が怯えているということも無視できないという。
「お任せ下さい。困っている人々をお助けすることこそ正義!」
メリアが鼻息荒くぐっ、と拳を突き出すが、
「メリア、お前は留守番だ」
「えっ!? どうしてですか、勇者さま!」
「アホかお前は。村の復興が先だろう。お前はアレをなんとかして、村長の家を建て直せ」
「ぐっ、そうでした……」
イリスが村長の家にあった巨岩を指さし、メリアは涙目でがっくりうなだれた。イリスはどれだけ魔物退治がしたかったんだとあきれ顔である。




