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オレにやらせろ!

「たぁぁぁぁぁ! なの」


 デルフィニウムが板金に覆われた両腕を突き出して岩巨人につかみかかろうとする。ゴーレムはデルフィニウムの姿が見えているのかいないのか、何の反応も示していない。


 デルフィニウムがゴーレムの胴体にとりつき、がっちりと掴んでその動きを阻害する――


 イリスはそんな光景を想像したが、実際はそうはならなかった。


「なのっ……!?」

 デルフィニウムはまるでサッカーボールのようにゴーレムに取り飛ばされ、坂道を逆方向にころころと転がっていった。もちろん、ゴーレムの動きは全く止まっていない。


 あんな風船みたいに軽い鎧で巨大なゴーレムの重量を抑えきれるはずがないとイリスが気づいたのはデルフィニウムが派手にぶっ飛ばされたあとだった。時すでに遅し。


「みぎゃーっ! デルミャーの首が吹っ飛んだにゃー! 大惨事にゃー!」

「アホかお前は! 兜が取れただけだ! 前にも一回見ただろうが!」


「なのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 現場は大混乱である。


 そんな中でひとり、冷静に事態を見守っていた者がいた。

 メリアだ。


「おい勇者! もういいだろ? オレにやらせろ!」

 すでに剣を抜いていた凶戦士メリアがナイフのように鋭い瞳でイリスを見た。全く思い通りにならず気に入らないが、仕方がない。


「仕方ない。頼む」

「最初っからそうしときゃ良かったんだよ――っ!」

 言葉の最後を置き去りにしてメリアが飛び出した。


 凶戦士と化したメリアは山道を蹴った音だけを残して一瞬で数百メートルを駆け抜け、駆け寄ってくるはぐれゴーレムの足元まで到達すると、

「砕けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ゴギン、という硬い音がしたかと思うと、いかにも硬そうに見えるゴーレムの下半身を構成している岩が彼女の持っている剣によって粉々に粉砕された。


「雑魚が! ザマァねえぜ!」

 メリア(バーサーカー)がドヤ顔で剣を掲げるが、ゴーレムよりも下方にいたイリス達の方はそれどころではない。


「わ、わわわわわわわわ! おい待て! 何やってんだよあとのこと考えろ!」

 胴体を破壊されたゴーレムの頭部がころころと道なりに転がってきた。その先にはもちろん、イリス達がいる馬車がある。

 馬車の中のイリスと、さらにその下方でようやく止まったデルフィニウムを助け起こそうとしているミャーリーが慌てて逃げだそうとする。


 しかし山道の両側は崖だ。逃げようにも逃げる場所がない。


「うにゃにゃにゃにゃ! 飛び降りるにゃ! 猫はどんな高さから落ちても大丈夫にゃ!」

「わ、わたしが食い止めるの!」


「落ち着けお前ら! いくら猫でもこの高さじゃただじゃ済まない! デルフィ、おまえにはムリだ、逃げろ! まずはPCの電源を落として……!」


「勇ミャが一番混乱してるにゃ!」

「お前に言われたくねー!」


「さあ、来るの! 私が止めるの!」

 そんな失態を演じている間にゴーレムは万有引力の法則に従ってより速度を増してイリス達目がけて転がってくる。


「うにゃー! もうまにあわないにゃ!」

 イリスは王宮でもらった包丁みたいなショートソードを構え、ミャーリーはそんなイリスを庇うように抱きつき、そしてデルフィニウムは懲りもせずゴーレムとイリス達の前にまろび出て両手を広げる。


 そんな三人と転がり落ちてくるゴーレムの頭の間に素早く人影が割って入った。人影の動きに一歩遅れてひらりと舞う可憐なレースの動きとそれに相反するような鋭い瞳。手に持つ剣は午後の陽光を受けて光り輝いている。それは命の輝きのように三人には見えた。


 女神が降臨したのかと思った。


「ちっ……!」

 しかしその凶戦士は女神とは似つかわしくない凶悪な笑みと舌打ちで自己の存在を主張する。


 メリアは落下地点に回り込んだ自分自身目がけて落ちてくるかつてゴーレムの頭だった巨大な岩を無造作に蹴り上げた。


 蹴られた巨岩はメリアが背後で守った三人の仲間たちと馬車を大きく飛び越え、そのままごろごろと山道を転がり落ちていった。


「た、助かった……」

「ま、こんなもんよ」


「誰のせいでこんなことになったと思ってるんだよ……」

 片目を瞑り、ウインクしてみせる凶戦士。ため息をつく勇者。


 しかし、騒動はこれで終わりではなかった。


 イリス達の後方、彼女たちがやってきた方向から重い、大地を揺るがしそうな音が聞こえてきた。先ほどメリアが蹴り落とした岩がつづら折りの山道からはずれて下の地面に落ちたのだろう。


 しかし、そこではたと気がついた。


「おい待て。あそこの下にあるのって……」

「さっきの村……なの」


 さぁーっと顔色が青くなるイリス。何者も恐れないバーサーカーモードのメリアでさえ茫然自失しているように見えたのは気のせいではあるまい。


「ミャーリー、急げ! 村に戻るぞ」

「みゃ、ミャー!」

 馬車は急いで今来た道を下っていった。


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