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長旅でもへっちゃらなの

「準備いいか? そろそろ出るぞー」

 イリスが部屋の中を覗いたとき、メリアはいつものドレスの上に鎧のパーツを付けている最中だった。


「もうすぐ終わります。先に馬車でお待ちください。デルフィさんは……?」

「先に外に出たぞ」

「では、デルフィさんの様子を見てきてもらえますか?」

「わかった」


 翌朝、イリス達一行は出立の準備を整えていた。先を急ぐ旅であったということもあるが、村長の家の床に大きな穴を開けてしまったことで居づらくなったという事情もある。

 朝に弱いイリスがしっかり起きて準備を整えている。よほど村に残りづらいのだろう。


 イリスは村長の家を出て、村はずれへと歩を進めていた。昨日、デルフィニウムが鎧に魔法を掛けて危うく気が引っこ抜ける所だった場所だ。


「あっ、勇ミャにゃ。ゆーうみゃー! こっちにゃー!」

 木の上で興味深くそれを見ていたミャーリーがいち早くイリスの接近に気がついて手を振ってきた。手と一緒に尻尾もゆらゆら揺れている。


「あっ……勇者さん。おはようなの」

「よう。鎧の様子はどうだ?」


 大木の根元で旅立ちの準備をしているデルフィニウムに声を掛けた。鎧に魔法を掛けたあと、すやすやと眠っていた彼女は今朝はちゃんと起きだして旅立ちの準備を進めていた。


 結局、彼女は前衛タンクとしてイリス達に同行してカールトンへと向かうことになったのだ。


「だいぶいい感じに落ち着いてきたの」


 昨晩、この大木を引きちぎらん勢いで天に落ちていこうとした錆だらけの鎧は、今は魔法の効果が落ちてきたのかずいぶん落ち着いており、今はまるで子供が持つ風船のようだ。枝に絡まってふわふわ浮かんでいる様子が余計そう思わせる。


 そのふわふわ加減がちょうど猫の琴線に触れるのか、先ほどからミャーリーが猫パンチをしようとしては失敗しているのが微笑ましい。

 ……微笑ましいか?


「昨日は焦ったぜ。あのクソ重い鎧がいきなりロケットみたいにぶっ飛んでいくんだからな」

「わたし、魔法の加減ができないからいつもああやってるの。一晩経てばいい感じになるの」


 デルフィニウムはふわふわ浮かんでいる鎧を掴み、固く縛ってあるロープをほどくと、いかにも慣れない手つきで鎧を着けていく。


「これを付ければ身体も軽くなって長旅でもへっちゃらなの」

「へぇ、そりゃ便利だな。オレにもかけて――いや、やめとくわ」


 昨日の鎧の様子を思い出した。あれを自分にかけたら勢いよく空に飛び上がって一晩じゅうロープで木に結びつけられるのだ。


 その加減が全くできていなかった魔法を掛けたデルフィニウムの鎧の着付けはもうすぐ終わりそうだった。途中でふわふわ浮かぶ鎧に釣られて木の上から降りてきたミャーリーが着付けを手伝っていた。


「“さまようよろい”みたいだな」

「……? 別にさまよってなんかいないの」

 全身鎧を身につけたデルフィニウムを見てイリスはそう感想を漏らしたが、案の定デルフィニウムには通じなかった。


「お待たせしました。皆さん準備はお済みですか?」

 ちょうどその頃、村長の家の方からドレスの上に鎧を着けたいつもの旅装束を整えたメリアがやってきた。


「ああ、こっちはオッケーだ。それじゃ、行くか」


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