軽くなるの
「お待たせしました。鎧をお持ちしました」
そうしている間にメリアが戻ってきた。
「早っ! 馬車で半日くらいの距離にあったのに、どんな魔法使ったんだよ! ワープか!?」
「わぁぷがどんな魔法か知りませんが、あれくらいの距離なら走ってすぐですよ。騎士たる者、馬より速く走れなければ役目をこなせません」
そんなワケないだろとジト目でメリアを見るイリス。一方できらきらした羨望の眼差しでメリアを見るデルフィニウム。
おまけにこの騎士サマ、馬で引いてもびくともしなかったあのクソ重い鎧を片手で軽々と持ち、おまけに汗のひとつもかいていない。
前から常識外れの存在だと思っていたが、最近のメリアの常識外れさは人外の領域に達しているのではないかと思えるほどだ。
「鎧はここに置いておきますね。ついでに村長さんから夜食を……」
「ああっ、ダメなの……!」
メリアは部屋の床の間に鎧を置こうとした。が――
バキバキという豪快な音を上げながら鎧は床に突如開いた穴に吸い込まれていった。
いや、正確には鎧の重さで床が抜け、階下に落下していったのである。
床に大穴を開けたことに関して、部屋を提供してくれた村長に平謝りして修理代をかなり多めに渡した結果、許してもらえた。
そして今、大穴を開けた鎧は村はずれで月夜に照らされている。
幸い、この村は岩山の合間に作られていたので地盤は固く、鎧が自重で地面にめり込むということはなかった。
「この鎧は重すぎるから、普段は魔法で軽くしてるの」
デルフィニウムの説明でようやく合点がいった。この馬鹿力ならともかく、どう見てもか弱い女の子にしか見えないデルフィニウムがこのクソ重い鎧を着てここまで旅ができるはずがない。
デルフィニウムはどこからか取りだしたロープを鎧の各部位に結びつけた。さらに辺りを見回してあたりの大きな木にロープを縛り付ける。
「……? 何やってんだ?」
「……? 鎧に軽くする魔法を掛けるって今言ったの」
「いや、そうじゃなくてだな……。まあいいか」
そんなやりとりをしつつ、デルフィニウムは岩の上に置かれた鎧に手をかざす。少しの間精神を集中したかと思うと、聞こえるか聞こえないか境目くらいの小さな声で魔法を発動させた。
「軽くなるの」
次の瞬間、それまでメリア以外の手ではびくとも動かなかった超重量の鎧が浮かび上がった。
いや、浮かび上がったなどという生やさしいものではない。
鎧が上方向に超スピードで飛び上がったのだ。
「……!!」
それを見たイリスはロケットかよと思わず突っ込んでいた。どう考えても鎧を軽くした結果起こる動きではない。
なおも上に向けて落ちていくデルフィニウムの鎧だったが、その動きは永遠には続かない。
あらかじめデルフィニウムが結んでおいたロープがピンと伸びてその動きを止めた。
大地の恵みを存分に享受してここまでの大きさに育った大木が、その恵みを奪われてたまるかと大地を踏みしめ、引き上げようとする力に反抗する。
しかし、かの大木が大地を掴む力よりも鎧が天に落ちる力の方が増しているのか、周囲の地面が少しずつめくれあがり、大木を引き上げようとする。
「勇者さま、これを」
その動きを察したのか、メリアがあたりの岩をもってきた。
「そこだ。その根っこの上に置いてくれ」
イリスの指示でメリアが岩を大木の根元に置くと、ようやく力の均衡が成り立ったのか、地面が動く音が収まってきた。
「おい、これはどういうことだよ。鎧を軽くするんじゃ……」
状況が落ち着いてきたのでデルフィニウムに説明を求めようとしたが、当の本人はその場でひっくり返っていた。すうすうと寝息を立てている。
「もう夜も遅いですし、眠くなっちゃったんでしょうね」
メリアが目を細めて眠るデルフィニウムをのぞき込んでいる。
イリスはやれやれとため息をつき、メリアにデルフィニウムをベッドに運ぶように指示をして部屋に戻っていった。
部屋の中ではこの騒ぎの中でも全く目を覚まさなかったミャーリーが部屋を出る前と全く同じポーズで寝ていた。




