ミャーはセッコーにゃ!
「みゃっ! 女の子が中に入ってるにゃ!」
イリスがやってきて頭の取れた甲冑をのぞき込むと、その中には巨大な甲冑にはそぐわないほど小柄な女の子が意識を失っていた。
「おい! この子、頭から血を出してるぞ! ミャーリー!」
「みゃっ!?」
「治癒魔法だ。この子の傷を治してくれ!」
「みゃ? みゃ? みゃ?」
「ふざけてる場合じゃねー! 早くしろ!」
イリスが怒鳴るが、ミャーリーは頭の耳を伏せさせて困り顔をしている。
「みゃ、ミャーは……治癒の魔法を使えないにゃ……」
「はぁ!? お前……」
ミャーリーに詰め寄ろうとするイリスを制し、メリアが割って入ってきた。
「治癒の魔法なら私が。聖騎士の教育は受けています」
メリアは素早く甲冑の側に駆け寄り、手を女の子にかざした。淡い光が女の子を包み込む。
イリスはミャーリーの方を見た。ミャーリーは小さく縮こまっているが、イリスにはもう怒りの感情はない。
「ミャーリー、お前、治癒の魔法使えなかったのか?」
借りてきた猫のように小さくなっているミャーリーはこくりと頷いた。
「ミャーは教皇宮の前で拾われた捨て猫だったにゃ。それからずっとメイドとして働いてるから、魔法は全然使えないにゃ」
「そうか……。すまなかったな、怒鳴ったりして」
あの教皇め……と、イリスは教皇宮で面会した巨体のタヌキ親父を思い出して舌打ちした。あの教皇は確かに魔法が使える者を寄越すとは言っていなかった。むしろ、「聖職者ではない者」と言っていたではないか。
しかしイリスは治癒の魔法の使い手が必要だということは伝えてあった。教皇はそれを知っていながらミャーリーを寄越したのだ。
イリスはミャーリーの肩に手を置いた。ミャーリーはふるふると首を振った。
「勇ミャは悪くないにゃ。治癒の魔法の使い手が必要なのに使えないミャーが悪いにゃ」
でも、とミャーリーはイリスの方を見た。しおらしい彼女はもういなかった。ミャーリーはぐっと拳を胸の前で力強く握り、
「ミャーは掃除と洗濯と料理ができるにゃ!」
高々と宣言した。
いやそれは戦いでは役に立たないだろうと突っ込みたくなったが、代わりに別のことを聞いた。
「そういやお前、オレが人さらいにさらわれて倉庫に閉じ込められてたとき、普通に入ってきたよな。あれ、どうやったんだ?」
「みゃ? あれかにゃ? 勇ミャの姿が教皇宮から見えたから入ってきただけにゃ。ミャーの足は肉球だから音を立てずに歩けるにゃ」
「教皇宮からあの倉庫までどんだけ離れてたんだよ」
「ミャーは目もいいにゃ!」
えへんと胸を張るとフリルに覆われた大きな胸がぷるんと揺れる。イリスは「目がいいってレベルじゃねーだろ」と軽くあしらうと、顎に手を当てて考え込んだ。
「音を立てずに歩く力……視力も驚くほど高い。おそらく、聴力も優れているだろう」
「そうにゃ。ミャーは耳もいいにゃ! 自慢のねこ耳にゃ!」
ミャーリーは頭上の二つのねこ耳をピクピクと動かすが、イリスはそれに反応することなく「斥候か……」とつぶやいた。
「そうにゃ! セッコーにゃ! ミャーはセッコーにゃ!」
ミャーリーが飛び跳ねながら喜ぶ。そして――
「セッコーってなんにゃ?」
イリスはどっと疲れた。
「治療が終わりました。まだ目を覚ましていませんが、傷は塞ぎました。出血も止まっています。命に別状はないでしょう」
そんなことをやっている間にメリアが女の子の治療を終わらせていた。がっくりうなだれているイリスを見て、
「……? どうしました?」
「……いや、なんでもない。助かったよ」




