あなたが勇者なのですか?
聖都ペイントンを出てからの道のりは楽なものではなかった。
王都から聖都までの道のりは石畳の街道が整備され、馬車で一日の距離ごとに宿場町が設置してあったが、聖都から当初の目的地である国境の街カールトンへの道のりはそうはいかなかった。
聖都からカールトンへの道は主要な街道ではないために整備されておらず道はガタガタで、途中宿になりそうな村もほとんどなく、途中何日も連続して野宿する羽目になった。現代日本人であるイリスにはこれがたいそう堪えた。
しかし王宮でもらった地図によると、この道の先に小さな村があるはずだ。イリスはそれだけを楽しみにここ数日の旅を進めていた。
の、だが……。
左右の切り立った崖によって形作られた道がまっすぐ伸びている。それほど広い道ではないが、馬車がぎりぎりすれ違えるくらいの幅はあった。
かつては川が流れていた跡なのだろうか、左右になだらかに蛇行しながらも少しずつ登っていくような道のりだ。
途中、人とすれ違うこともなく、ここは本当に人の通らない秘境なのだと思える代わり映えのない道をただひたすら進んでいくこと数時間、唐突に馬車が停止した。
「どうした? 何かあったか?」
荷台にいたイリスが御者台に顔を出したが、御者台にいたはずのミャーリーの姿が見えない。どうやら、馬車の前方には別の馬車がいて、その馬車が止まっているので先に進めない状況になっているようだ。
その立ち往生している馬車の前方から声が聞こえてくる。
「ちょっと様子を見てくる。メリアはここで待っていてくれ」
「わかりました。気をつけてくださいね」
メリアを荷台に残し、イリスは声のする方に行ってみた。すると、徐々に話し声が鮮明になってきた。
「そうにゃ! ミャーは教皇さまに言われて勇者さまのお手伝いをしているすごいメイドなのにゃ!」
「はぁ、それはすごいですね……」
そこでは、道端で馬車の持ち主であろう男性とミャーリーが話し込んでいた。
「おい、何やってるんだ?」
「あっ、勇ミャにゃ!」
「えっ!? あなたが勇者なのですか?」
城を出てから、いや、城にいた頃から繰り返されたこのリアクションに一瞬むっとなるイリスだったが、その表情の変化を敏感に感じ取ったのか、商人がすかさずフォローに回る。
「このタイミングで勇者さまご一行に出会えたのはまさに不幸中の幸い。商売の神はまだ私を見放していないようですな」
「商売の神なんているのか?」
神といえばあの狭い部屋で会ったあの老人を思い出すが、この商人は別の神を信仰しているのだろうか
「いえ、教会は主神以外の存在を認めていないですが、その、なんというか、我々商人にとってのツキというか、ゲンみたいなものですよ」
商人は「教会には内緒にしてくださいね」とイリスに頼んできた。神頼みしたいときに適当な神がいないのは心細いが、公には認められていない、そんなところだろう。




