すべて神のお導きなのでしょう
教皇は机の上に載せた手を組み替え、「さて」と話題を切り替える。メリアではなく、イリスの方を見て、
「勇者さまはここ教皇宮にどのようなご用で? 他の勇者さまは北のカールトンへ向かったと聞いておりますが」
相手が話を聞く気なのであれば、ここから先はイリスの出番だ。単刀直入に話す。
「仲間を求めに来た。今のオレにはメリアしか仲間がいない。バランスの取れたパーティ編成とはとても言えない状況だ。人材の提供を頼む」
イリスは机に手をつき、深々と頭を下げた。
「ふむ……」
それに対して教皇は肉に埋もれた顎に手を当て思案顔だ。
「当教会はすでに十分な数の人員を提供したはずですが……。それにメリア姫はお父上に“勇者の仲間”として登録することを反対されたのでは?」
どうやら、メリアは勇者の仲間になりたかったのだが、父親――国王に反対されていたらしい。
「はい。私は正式にイリスさまの仲間として王宮から派遣された“勇者の仲間”ではありません。実は――」
メリアはかいつまんでイリス達のこれまでの事情を説明した。
「なるほど……。事情はわかりました。なかなか数奇な道のりですが、姫が今ここにいることも含め、すべて神のお導きなのでしょうな。であれば、協力することはやぶさかではない――」
「ホントか!? いや、ホントですか!」
「のですが――」
教皇は思案顔のまま――いや、さらに眉間に皺を寄せて腕を組む。胸と腕の肉が多すぎて腕を組んでいるというよりは手を前に出しているようにしか見えなかったが。
教皇は少し考えたのち、部屋の入り口付近に控えていた修道女に「あれを」と命じた。修道女は一礼すると部屋から出て行った。
少しして戻ってきた修道女は教皇に紙の束を渡した。紐で簡単にまとめられているそれを教皇はぺらぺらとめくりながら中身を確かめている。
そして、最後の一枚まで目を通したあと、
「ふむ……。すでに当教会から出せる人員はすべて出払っておりますな。残念ながらこれ以上の人材は――」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
イリスは机に両手をばん、と叩きつけて教皇の言葉を遮った。後ろで控える神官兵士がぴくりと反応したが、気にしている場合ではない。
「ひとりもいないってこたぁないだろ! ここにいるオッサンとか、礼拝堂にいたオッサンでもいい。この際、少々能力とか性格に問題があってもいい。誰かいるだろ!」
イリスはイリスなりの剣幕で教皇に食ってかかるが、教皇は顔色ひとつ変えず、変わらず顎に手を当てながら思案顔をしている。
「教会ほどの大きな組織ともなると、その維持にもある程度の人員が必要となるのです。その他にも参拝にくる信徒の対応もしなければなりません。勇者さまにはまだわからないかもしれませんが」
「オレを子供扱いするな!」
イリスの激昂に教会達が剣を抜きかけるが、教皇がそれを制した。
「国の一大事なんだろ? 国がなくなっちまえば教会もクソもないじゃねーか! 異世界の勇者に任せっきりにしてないで、ちったあ協力を……」
「協力はすでにしている、と申し上げております。その上で出せる人材はすでにないとも。勇者は約千人。それぞれに人を出せるほど亜人の聖職者は多くないのですよ。所詮亜人、といったところでしょうか」
教皇は心底困ったという表情で首を傾げている。
それに反応したのが、しばらく沈黙を守っていたメリアだった。
「教皇さま、どういうことでしょう? お父様――国王は人種にかかわらず勇者の力になる人材を募るとおっしゃいました。にもかかわらず、人間の聖職者は出せぬと?」
教皇がじろりとメリアを見た。その目は先ほどまでの穏やかな老人のものとは思えぬほどに鋭く輝いている。
「物事には方便というものがあります。その言葉の真の意味をはからねば、多くの人を誤った方向に導くことになる。若いですな」
その口ぶりからはメリアに対する明らかな侮蔑が感じられた。メリアがハーフエルフ――亜人――ということと無関係ではあるまい。
「……………………」
メリアは押し黙った。しかしその内面は怒りの嵐が吹き荒れているのがイリスにはありありとわかった。歯を食いしばり、握りしめた拳が震えているのがその証拠だ。
「とはいえ……」
これ以上押しても進展はないだろうとイリスが席を立とうとしたところ、教皇が再びあの思案顔に戻っていたことに気がついた。
「継承権はないとはいえ王国の姫と、神が遣わせた勇者がこうして頭を下げているのです。このままお帰り願うのは神の僕としてあってはならぬこと」
「ホントか……!?」
喜色に沸くイリス。教皇はあくまで表情を変えずに続ける。
「聖職者でなければ人員もあるでしょう。ふさわしい人員を勇者さまに遣わしなさい」
教皇は修道女にそう命じると、自らも教会に支えられて部屋を後にした。




