ごめんね、お嬢ちゃん。教皇猊下はとっても忙しいんだ
人は多いが雑踏らしい雑踏はほとんどない礼拝堂で突然一人ぽつんと残されたイリス。
スマホを取りだして暇つぶし、というわけにもいかず、メリアがいなくなってから一分も経たないうちに手持ち無沙汰となってしまった。
イリスは少し離れた所で微動だにせずにその場を守っている教会騎士のところにてくてくと歩いて行った。
メリアの帰りを待つまでもない、先に話だけ通しておけばあとが楽になるだろうという考えだ。
「なあ、ちょっといいかな」
「ん? どうしたのかな、お嬢ちゃん」
教会はイリスの目線に合わせるようにしゃがんでニコニコとイリスに応じてくれた。なかなか人当たりの良い人だ。もしかすると、よく話しかけられるので、そういう兵が選ばれているのかもしれない。
「教皇に会いたいんだけど、通してくれないかな?」
イリスの言葉にも騎士は表情を一切変えることなくニコニコしながら、
「ごめんね、お嬢ちゃん。教皇猊下はとっても忙しいんだ」
兵士は笑顔を崩すことなく、あろうことかイリスの頭をなで始めた。完全に子供扱いである。
イリスはイラッとしたのを自覚したが、だからといって自分の感情を抑えられるものでもない。
「だーっ! オレを子供扱いするな! 教皇に会わせろ! オレは勇者だぞ!」
「はいはい、勇者さまね。えらいえらい」
完全にだだをこねる子供をあしらう大人の図であるが、当のイリスはその図式に全く気づかない。
「お兄さんは仕事中なんだ。いい子だからあっちに行っていなさい。お母さんはどこかな?」
「だーれがお兄さんだよ! あんた、どう見たってオッサンだろうがよ!」
その一言は教会騎士の逆鱗に触れる言葉だった。そういうのが気になるお年頃だったのだ。兵士の瞼がぴくっと動いたが、イリスは気づかない。
「頭、硬てーんだよ! 勇者だって言ってるだろうが! いいから通さねぇと、あとで泣きを見るのはお前の方なんだぞ!」
「このガキ……人が優しくしていればいい気になりやがって……」
騎士の手が腰の剣に動いたところでようやくイリスは「これ、ヤバいんじゃね?」と気がついた。しかし時すでに遅……くはなかった。
「どうしました、勇者さま?」
武器を預けたメリアが戻ってきた。メリアの帰還は神官兵士に冷や水をかける以上の効果をもたらしていた。
「メリア様! いらしていたのですね」
「ご無沙汰しております。教皇猊下にお会いしたいのです。急なことで申し訳ありませんが、手配をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、よろこんで!」
この変わりようである。
兵士は中に入っていき、奥の方で誰かに何事か伝えたあと、すぐに戻ってきた。
「別のものに案内させます。このままお進みください」
「ありがとうございます。お仕事、がんばってください」
職務に忠実とはとてもいえないほどデレデレになった騎士の脇を通り、メリアに続いてイリスは中に入っていく。イリスは勝ち誇ったような笑みで騎士を見るが、騎士の眼中にすでにイリスはなかった。




