勇者イリスさまに騎士の誓いを
「私はメリア。この王国から悪事を一掃すべく旅をしている者ですわ」
イリスと丘の上でたき火を囲んだ女騎士は自らをそう名乗った。旅の途中で盗賊に襲われている女の子を見つけ、助けたということらしい。
……助けたというわりには少々荒っぽすぎやしませんかね。
「それで、あなたはこんなところで何をしているんですか? お父さんとお母さんは?」
「いや、オレは……」
イリスは自分が第999勇者で、魔王を倒すためにこの先の聖都ペイントンへ向かう途中に仲間に裏切られたことを話した。
「まぁ、ふふふ。勇者さまごっこですか? かわいい」
メリアは口に手を当てて上品に笑った。とても先ほどの血に飢えた凶戦士と同一人物とは思えない。
「いや、ごっこ遊びじゃなくて本当にだな……」
「冗談ですよ、わかってます。王国では勇者でない者が勇者を名乗ることは非常に重い罪になるのです」
「えっ、そうなの!? ……人が悪いな、メリアさん」
ころころと鈴の音がなるように笑うメリア。よく笑う人だとイリスは思った。――先ほどの戦いさえ見ていなければ。
「でも、それで合点がいきました」
「何が?」
「剣を抜いた私は我を忘れてしまうのですが、勇者さまの声だけははっきりと聞こえたのです」
あれを“我を忘れた”というのかはさておき、イリスが殺すなと言ったからメリアはダラーを殺さなかった、そういうことだろう。
そういえば今のメリアは剣を鞘に収めている。血に飢えた女騎士が現れたのは剣を抜いてからだ。今になって思い返してみればすぐに思い至りそうなことだったのだが、あの状況では気づかないのも当然だったのかもしれない。
(戦闘中でももっと冷静にならなきゃな……)
そんなことを考えていると、メリアが上の方を見ているのに気づいた。イリスもそれに釣られて同じ方向を見る。
「もう夜が明けそうですね。行きましょうか」
いつの間にか東の空が明るくなってきている。メリアの言うとおり、夜明けが近いようだ。長いような短いような冒険初日の夜だった。
「え? 行くってどこへ?」
「聖都ペイントンへ行くのでしょう? 旅の仲間もいなくなってしまったことだし、私もご一緒しますよ。馬車は私にお任せを。勇者さまはお疲れでしょうから荷台でお休みになっていただいて結構ですよ」
「いやでも悪いし」
「何をおっしゃいますか。私も本当は勇者の仲間として登録したかったのですが、お父様が許してくれなくて……」
それまで常ににこやかだったメリアの顔が一瞬だけ歪む。しかしすぐに元の柔らかな笑顔に戻り、
「でも、こうして勇者さまとお会いすることもできました。これこそまさに神のお導き」
「神、ねぇ……」
イリスはあの神を名乗る老人の姿を思い出してげんなりした。メリアはそんなイリスの様子に全く気づくことなく、
「勇者と共に魔族の侵攻を食い止めることこそまさしく究極の正義。ぜひご一緒させてください」
「まあ、そこまで言うなら……」
イリスは立ち上がって右手を差し出した。メリアも立ち上がった。
二人の身長差からイリスの目には白いドレスに包まれた柔らかそうなふたつの大きな膨らみが飛び込んできてイリスは一瞬驚いたが、メリアはすぐに跪いてその頭はイリスよりも低い位置に移動した。
そしてメリアはイリスの差し出された右手をうやうやしく手に取るとその薄い桜色の唇をそっと手の甲に触れさせた。
「勇者イリスさまに騎士の誓いを……」
こうして、騎士イリアが仲間になった。




