殺っていいのは殺られる覚悟のある奴だけだよなァ?
あまりに美しい女騎士の姿に皆が見とれる中、歴戦の盗賊はその一瞬の硬直からいち早く抜け出すと斧を振りかぶった。
「わざわざそっちから来てくれるとはな。飛んで火に入るなんとやらとはこのことだ。死ね!」
力任せに振り下ろされた斧だったが、それは使用者の期待通りの破壊力を与えることはなかった。
「何だと!?」
ジャンは慌てて突然軽くなった自分の斧を見た。彼の愛用だったと思われる斧は持ち手の部分から先がなくなっていた。
「バカな!? 鉄の斧だぞ!」
女剣士はしゃがんだまま、バカデカい剣をいつの間にか振り上げた構えをしていた。確かに一瞬前までは何も持っていなかったはずだ。
「殺っていいのは――」
ジャンの正面の影がゆるりと立ち上がる。
立ち上がったその人物は、女騎士と同じ顔、同じ髪、同じ瞳の色をしていながら、その不敵な笑み、得物を見定めるような瞳はまるで異なる。本当にさっきの女騎士なのかと思わずあたりを見渡したほどだ。
「この、女ァ――!」
ジャンが腰にぶら下げていたもうひとつの斧を取りだし、怒りの形相で振りかぶった。
しかし、その結果は先ほどと同じだった。鉄斧の刃は音もなく持ち手からずれていったかと思えば、どすんと重そうな音を立てて地面に落ちていった。
女騎士はまるで何もしなかったように何もしなかったかのように巨大な剣を片手で持って泰然とそこに立っている。
不敵な笑みと得物を見定めるような瞳はそのままに、あからさまに敵を見下すような侮蔑の表情がそこに加わっていた。
愛用の斧を失い、攻撃手段を失ったジャンであったが、すぐに立ち直った。少し離れた所で呆然としている仲間たちに檄を飛ばす。
「テメエら、何をしてやがる。この女を殺せ!」
その言葉に我を取り戻した盗賊の仲間たちはそれぞれの行動を取り始めた。リンは弓をつがえ、ダラーは背の大剣を取りだし、女騎士に突進し始めた。
が――
「ひっ……!?」
「むわっ!」
リンの弓は中央から両断され、ダラーの大剣はジャンの斧と同じ運命を辿った。そして二人はその衝撃で尻餅をついた。
女騎士は尻餅をついたダラーに剣を突きつけている。それを見るまでイリスは女騎士が動いたことすら認識できなかった。
強い――などというレベルではない。状況的に助けられているはずなのにイリスにはまるで安心感がなかった。背筋が寒くなる。
「殺られる覚悟のある奴だけだよなァ? えぇ?」
女騎士は尻餅をついたダラーの顔に剣を突きつけた。図体のわりに気の小さなダラーは完全に怯え、すくみ上がっている。
女騎士は剣を振り上げ、ダラーにとどめを刺そうと――
「やめろ、殺すな!」
イリスが叫んだ。その行動は自分でも驚いたほどだ。
わずか一日とはいえ、仲間として共に旅をしたからなのか、三人の中で比較的イリスに友好的だったダラーだったからなのかはイリス本人にもわからない。
しかし、その叫びがダラーの命を救ったことだけは間違いなさそうだった。
「…………!」
女騎士の巨大な剣はダラーの鼻先をかすめて尻餅をつく巨人の脚と足の間の地面を穿っていた。ダラーは声もなく悲鳴を上げるとそのままひっくり返ってしまった。
見事に白目をむいている。
「お、覚えていやがれ!」
お約束のような捨て台詞を残して盗賊達は逃げていった。
小さなジャンは大きなダラーをドワーフ特有の筋力でずるずる引きずっていたので逃げ足は全く速くなかったが、血に飢えた女騎士が彼らを追いかけることはなかった。
「おい」
その場にただ残った一人の人物――イリスのもとに女騎士がやってきた。イリスであったら両手で持ってもぴくりとも動かないであろう巨大な剣を右手で軽々持ったままだ。
一難去ってまた一難とはこのことか。すでに万策尽きているイリスには目を瞑り、その時を待つか、口八丁手八丁でなんとかできないか試す以外の方法がない。
カチン、という音が聞こえた。そして――
「大丈夫ですか?」
先ほどの女騎士の優雅で優しげな声が一瞬で盗賊達を逃走させた凶戦士から放たれた。
イリスは目を丸くしてその女騎士を見ることしかできなかった。




