このオレの上手を行こうなんて、百年早いんだよ!
今、イリスは丘の上で壺を目の前にして座っている。脚はまだ厳重に縛られているが、猿ぐつわは外され、腕は自由になった。
(ここまでは何とか……)
口八丁手八丁でここまで何とか来たが、この先は中々厳しい。どうやって脚の縄を解かせるか。
「おい、何やってる。早く俺が使えるようにしろ!」
冷静だったジャンの声にいらつきが混じるようになった。これ以上の引き延ばしは危険かもしれない。
「わかったよ」
イリスは右手を壺の中に入れて口の中でぶつぶつと呪文らしき文言を唱えるフリをした。所有者変更の方法なんて知らないから、適当にやるしかない。
そもそも、他人が壺に手を入れても何も起こらないことさえ知らなかったのだ。
すべてはハッタリだ。
イリスの手に何かが収まる感触を得た。この壺は中に入っているものを任意に取り出すことができるようになっており、それが正常に作動しているのなら、イリスの思ったとおりのものが今手の中にあるはずだ。
「壺の所有権をこのものに与えよ!」
叫びながら壺からとりだしたそれを大きくかざしてそのまま叩きつけた。煙玉はイリスの足元で弾け、その効果を発揮した。
「……! げほっ、げほっ……!」
即座に効果を発揮した煙弾はイリスの間の前にいた盗賊達を文字通り煙に巻いた。
丘の上で少しずつ大きくなっていく煙の塊から飛び出した小さな影。壺から素早くショートソードを取り出したイリスが自分の脚を縛っている縄を切って逃げ出した。
「ざまあみろ! このオレの上手を行こうなんて、百年早いんだよ!」
「そんなにトロトロ走って、一体何がしてぇんだ?」
「……!!」
イリスの視界の端に酒樽のようなシルエットが見えたかと思うと次の瞬間、これまでイリスが経験したことのない衝撃と共に、身体が横向きに吹っ飛ばされた。
「うっ、うぅ……」
ジャンの強烈なパンチを食らって意識がもうろうとする中、ゆっくりとこちらに歩いてくるジャンの足音だけが妙にはっきり聞こえてきた。
「残念だよ、クソガキ。どうやらお前は手とも足とも永遠におさらばしなきゃいけなくなっちまったようだ」
ジャンの重い蹴りがイリスの腹を捕らえる。
「ぐぶぅっ!」
数メートル吹き飛ばされ、何回転かした後に仰向けでイリスの身体は止まった。その上に覆い被さるようにジャンが仁王立ちになる。その手には鈍く輝く斧が握られていた。
「ま、待ってくれ……。壺はやる。全部やる。だから……」
「話は聞いてやる。話は聞いてやるとも。ただし、テメエの手と足を切り落としてからだ。逃げられないようにしてからじっくり聞いてやる」
この危機から何とか逃れようと頭を巡らせるが、頭に攻撃を受けたせいか、頭がうまく回らない。
それ以前にジャンがイリスの身体の上に覆い被さるように立っているから逃げ出しようがなかった。
「恨むんなら優しくしている間に協力しなかった自分を恨むんだな」
ジャンはそう言って右手に持った斧を大きく振り上げた。そのまま振り上げた手を――
「そこまでです! いたいけな子供をいたぶる悪党は許しません!」




