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勇者10歳~戦闘力ゼロの幼女勇者、最強魔王を倒さんとす  作者: 雪見桜
勇者イリスさまに騎士の誓いを
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この悪党、ロリコン、幼女誘拐犯!

 もともと閉め切った窓の向こうで雨が降り出しても目が覚めるくらい眠りが浅いたちだ。

 しかしその日に限って熟睡していた。やはり疲れていたのだろう。


 それがあだとなった。縛られ、猿ぐつわをされ、馬車から放り出されたところで初めて目が覚めた。


「ようやくお目覚めかい、嬢ちゃん」


 月明かりの下、何の感情も込められていない冷たい瞳で馬車の荷台から見下ろしているのは小柄で筋肉質なひげ面の男、ジャンだ。


 あたりを見渡すとダラーとリンがイリスを取り囲むようにその周囲に立っている。

 リンは得物を前にしたような下卑た瞳、ダラーは少し済まなそうに眉尻を下げている。


 こうまでされて何が起こっているか理解できないほどイリスは鈍くはない。盗賊の本領発揮というわけだ。


「むぐー、むぐー!」

 子供に番をさせるほど落ちぶれてないんじゃないのかよと嫌味のひとつでも言おうとしたが、猿ぐつわの身ではそれも適わない。


「おっと、それを外すわけには行かないな。勇者ってのは魔法も達者なんだろ?」


 イリスはただのひとつも魔法を使うことができないが、さきのガマラとの戦いではイリスはその能力の片鱗すら見せることはなかったので、ジャンは相手が本当の十歳相当の能力しか持たないことを知るよしもない。


 戦わなかったことが裏目に出た――

 いや、無能だと知られていれば問答無用で殺されていただろう。


(しかし、この状況……)

 問答無用で殺されているよりはマシとはいえ、そう変わらない状況にあるのではないか。指揮官としての冷静な状況判断がそう告げる。


「さて、勇者サンよ」

 ジャンが荷台から降りてきてゆっくりと歩いてきた。地面の上に放り出されているイリスの目の前にしゃがみ込み、今は一本だけ持っている斧を肩に担ぎながら聞いてきた。


「例の“壺”なんだけどさ」


 なるほど、盗賊達の目的は壺か。確かに、中から次々アイテムが取り出せるこの壺は盗賊達にとって魅力的なアイテムだろう。

 あれを盗賊の前で使ったイリスは自分の迂闊さを呪った。


「俺が手ェ突っ込んでも何も起こらねぇんだよ。どうすりゃいいんだ? 俺が中身を取り出せるようにしてくれよ」


 そうか、それが目的か。ならばすぐに殺されることもないだろう。しかし、状況は少しも変わっていない。


「むぐー! むぐー!」

「おっと、わりいな。それじゃ何も喋れねぇ。リン、外してやれ」

「あいヨ!」


 言われるままにリンはイリスの猿ぐつわを外す。その瞬間、

「誰が言うかよ、バーカ、バーカ! この悪党、ロリコン、幼女誘拐犯!」


 猿ぐつわを外されるや否や、目の前のジャンに唾がかかる勢いでレベルの低い暴言を放つイリス。


「……お前、俺がお前のことを殺さないって、安心してるだろ?」

 ジャンの表情は全く変わっていないが、腹の底から冷えるような声に代わっていた。


「口を割らせるのに手とか足はいらねえんだよなぁ? おい、ダラー!」

 ジャンが転がされているイリスの後ろに立っているダラーに命じた。


「で、でも……。こんな小さい子を……」

「あぁ?」

 躊躇するダラーにジャンがひと睨みするとダラーは震えてすくみ上がってしまった。


「リン、やれ」

「あいヨ」

 リンが腰のナイフを抜いた音が聞こえた。


「まずは指だ。一本ずつ切り飛ばしていけ。さぁて、どこまで我慢できるかな? 我慢比べだ」

 どこが我慢比べだと思ったが、憎まれ口を叩けば状況が悪化するのは目に見えていた。


(くそっ、どうしりゃいいんだ……)

 必死に打開策を考えるが、手も足も縛られている状況では何もできない。


 そんなことをしている間に後ろ手に縛られている右手の人差し指にひんやりした固いものが当てられるのを感じた。


「どうだ? 言う気になったか?」

「言う! 言うから縄を外してくれ!」


「外すのはお前が全部喋ったあとだ。縄を外さなくても口は動かせるからな」

「いや、使用者の変更は壺を持って呪文を唱えないといけないんだ。だからさ、外してくれよ、な?」


 縄さえ外れたなら十歳の身体でも逃げ出す隙が見つかるかもしれない。一縷の望みをかけて何とか縄を外してもらえるようにブラフをかける。


 しかし、イリスの望みは叶わなかった。ジャンはイリスの縛られている後ろ手に壺を乗せるようリンに指示を出した。

 壺がもっと大きければこんなことにならなかったのだが……。


「壺の中に手を入れる必要があるんだよ」

 適当なことを言った。正直、壺の所有者変更の方法なんて知らない。他人が壺に手を入れても何も起こらないこと自体初めて知ったくらいだ。


「テメエ……」

 ジャンがじろりと睨んだ。イリスの心拍数が跳ね上がる。


「適当なこと言ってんじゃねえだろうな? もし適当ぶっこいてんなら、わかってンだろうな?」

 ジャンの脅しにイリスはこくこくと何度も頷いた。


「おい、こいつの縄をほどいてやれ。腕だけな」


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