誰かさんを待っていたせいで
「何をしやがった」
馬車に戻ってきたジャンが開口一番、イリスに問うた。
「たいしたことはしてないさ。あの手の群れを成すモンスターにはリーダーがいるもんだ。そのリーダーを狙って仕留めさせた。それより……」
イリスは馬車に戻ってきたダラーをちらと見た。腕や足のそこかしこから血を流している。リンが心配そうに見ているが、何をしているでもない。
「傷を治さなくていいのか?」
そう言われたジャンであったが、ダラーを気にする風でもなく、
「あれくらい、放っておけば治るだろ。俺たちゃいつもそうだ」
どうって事のないように言ってのけるジャンにイリスは知らず知らずのうちに顔をしかめた。
「そうなのかもしれないけど、見てて気分悪いんだよ……」
そう言うと、イリスは馬車の中に置かれている数少ない自分の荷物である壺に手を突っ込んだ。
そのままごそごそと中身を探ると、やがてお目当てのものにたどり着いた。
「これで手当てしてやってくれ」
壺から取り出した包帯をリンに渡してダラーの手当を依頼した。リンは言われるままダラーに包帯を巻いている。ジャンが物珍しそうに壺を見ているのに気がついた。
「なかなか便利なモンもってんじゃねーか」
「まあな。城を出るときにもらったんだ。当面の旅に必要なものが入ってる」
「ほう……」
その時、ジャンの目が妖しく光ったことにイリスは気づかなかった。
それから少し馬車を走らせたのち、馬車が止まった。御者台にいたジャンが荷台に顔を出して中にいる三人に告げた。
「今日はここまでだ。野宿の準備をするぞ」
ナイフで木の枝を削って矢を作っていたリンと包帯だらけの姿で横になっていたダラーは言われるまま無言で立ち上がって馬車の外へと出て野宿の準備を始めた。納得いかないのはイリスだ。
「野宿って何だよ、聞いてないぞ。馬車で一日の距離に宿場町があるんじゃないのかよ。何で街まで行かねーんだよ」
街と街の間をつなぐ街道にはちょうど馬車で一日の距離ごとに宿場町が設置されている。
そのおかげで旅人は野宿しなくていいし、宿場町にはお金が落ちるしでいいことずくめ……のはずであったのだが。
「もうじき日が落ちる。ここからだとどう頑張っても街にたどり着くのは夜中過ぎだし、夜間の移動は危険だ」
「何でそんなに遅れてるんだよ。さっきのモンスターだってそんなに時間はかけてないはずだ」
その言葉にジャンがイリスを睨みつける。イリスは気圧されるように少し怯んだ。
「な、何だよ」
「いや、城を出たのが遅かったんだよ。誰かさんを待っていたせいで、出発が昼過ぎになった」
「うっ……」
ゲーマーは夜型だ。だから今朝(?)も思いのまま惰眠を貪っていたら昼前になっていたというわけだ。早朝に出発すると言われていたにもかかわらず。言い訳にはならない。
イリスは仕方なく馬車から出た。空はいつの間にか暗がりが勢力を増してきており、道の続く方向、西の方にわずかに赤い空が見えるだけだった。
この世界でも陽は東から昇って西に沈むらしいと場違いなことを思った。




