おい、これはなんだ?
「それでもう一度聞く。オレとやるのか?」
イリスがさらにもう一歩間を詰める。戦闘能力ゼロのイリスは戦いの間合いも構えも全く知らず、傍目から見ればただ幼女が大の男に近寄っているだけに見えるが、ヴィルヘルムにはそれが逆にイリスの余裕に繋がっているように見えた。
「……………………」
ヴィルヘルムの額から汗が流れ落ちた。
少しの間。
「…………今日はこの辺にしといてやらあ。お前に逆らって砦に入れないと面倒くせーからな」
「ああ、それでいい」
イリスはにやりと笑った。ヴィルヘルムはイリスを前に武器を一度も振ることなく逃げ出したのだ。完全勝利だ。
その後、イリスとヴィルヘルムは相談して、まだ意識の戻らない彼の仲間のエルフ三人を馬車に乗せてヴレダ要塞へ帰ることにした。
その時であった――
「ん……? おい、これはなんだ?」
ヴィルヘルムが言ったとき、すでに勇者たちの周囲には薄い紫の煙が辺りに立ちこめていた。
「いや、オレは何もしてな……まさか!」
イリスが鋭く背後を振り返った。煙は背後に行くに従って濃くなっていき、その場所はわずかに影が見えるだけだったが、それでもはっきりと見えた。
ミャーリーたちを待機させていた高台の上で、ミャーリーも、デルフィニウムも、馬車馬も皆眠っていたのだ。
「しまっ……!」
イリスは慌てて口鼻を塞いだが、眠りの雲の魔法の煙は今どの範囲に魔法が及んでいるか視認しやすくするためだけのものである。その程度でデルフィニウムの手加減なしの魔法を防げるはずはない。
どさっという音がしたので隣を見ると、第1勇者がすでに倒れていた。。イリスの意識も徐々に曖昧になっていく。
もう大丈夫だの合図を出さなかった自らの迂闊さを呪いながら、イリスは意識を手放した。
そのまま第1勇者パーティと第999勇者パーティーは翌朝様子を見にやってきたカーンによって発見されるまでその場で全員仲良く眠っていた。
それから三週間後にイリスが目覚めたときにはヴィルヘルムを始め、多くの勇者たちがヴレダ要塞を越えて帝国領へと進入したあとだった。




