敵とは何だ?
「もしかして、隊長は敵に掌握された要塞内で味方を救出し、反攻に出ようとしているのですか?」
そう聞いてくるゴブリンに対し、ラミアは大きく笑った。
「はっはっは! それは面白い考えだな。しかしそうではない」
ラミアは両手を軽く挙げてみせた。その手首には鉄の腕輪が嵌められており、両腕を鎖で繋がれている。
そして扉の向こうで待つ三人の王国兵の方を見て、
「私は王国軍に対して完全に降伏した。今は目が覚めたお前達部下に今の状況と、今後の私たちの処遇を説明して安心してもらうために動いている」
そしてラミアは状況の説明を始めた。
ヴレダ要塞は王国軍によって無血で落とされたこと。それからすでに二週間以上が経過していること。帝国の要塞守備隊は全員が無事であること。守備隊は全員が捕虜となり、これから建設する収容所に送られること。行動の自由はなくなるが、生命とある程度の生活は保障されること。
「……そんなこと、信じられません!」
オークがいきり立ってラミアに詰め寄った。
「隊長はその言葉を信じたんですか? 敵の言葉を……!」
しかし、その言葉にラミアは動じることなくふっと笑った。おそらく、こんな問答を何度も繰り返しているのだろう。
「“敵”か……。では逆に聞くが、敵とは何だ?」
「叛徒どもですよ! 西の王国の奴らで、おれ達の仲間を何人も殺した憎い敵です!」
「あいつは……勇者イリスは異世界から召喚された勇者だそうだ。それに、この要塞を落とす作戦でも、先の戦いでもあのお嬢ちゃんは誰も殺していない。それでも敵か?」
ラミアの言葉に二人は多少なりとも困惑しているように見える。
「そ、そりゃあ……でも……」
「どっちにしても私たちは帝国にはもう戻れん。なら破れかぶれで反乱を起こして死ぬより、少しでも生き残る可能性にかけてみる気にならないか?」
「隊長は……その勇者とやらのことを信じているんですか?」
それまで黙って話を聞いていたゴブリンがラミアに問いかけた。ラミアの印象ではゴブリンらしくない理知的な兵士だった彼だ。
ラミアは素直に答える。もとより、この役割に就いてから隠し事をするつもりなど毛頭ない。
「……そうだな。少なくとも最高司令官を名乗っていながら一度も現場にやってくることがないデモン族より、敵だった私にも真摯に向き合って全員が生きる道を示してくれる勇者のほうが信じられる」
それを聞いたゴブリンの兵士は腕組みをして目を瞑った。しばらくの沈思黙考ののち、ゴブリンは目を開けて、自らの考えののちにたどり着いた結論をラミアとオークに告げる。
「わかりました。オレもラミア隊長の言葉に従いましょう」
「おい、ンジャーミン!」
驚いたようなオークがンジャーミンと呼ばれたゴブリンに詰め寄るが、彼は動じない。
「オレは、隊長を信じる。会ったこともない最高司令官よりも、見たことのない勇者よりもラミア隊長を信じる。お前はどうなんだ?」
「おれは……」
オークの同僚はンジャーミンの胸ぐらを掴んでいた手を放すと、がっくりとうなだれた。
「おれはダメだ。郷里には家族がいる。戦わずして負けたなど、残された家族がどう扱われるか……」
「それについては問題ない」
二人がラミアの方を見る。
「私たちは公式には敵と壮絶な戦闘の末、敗北したことになっている。つまり、私たちは戦死したか、もしくは重傷を負って捕虜になったということだ」
「そうか……そうですか……」
そう言うオーク兵の顔は涙を流しながら笑っていた。
「わかりました。おれもラミア隊長についていきます。ありがとう……ございます」
そう言ってオークは深々と頭を下げた。少し遅れてゴブリンも同じようにした。
そんな二人を優しく両腕と長く太い蛇の尾で抱きしめてやった。
「こちらこそ、ありがとう、だ。これからは私たちが家族だ。力を合わせて生きていこう」
「はい……はい……」
肩をふるわせる二人の部下を腕の中に感じ、帝国軍の司令官だった女性は少しだけ安堵感を覚えていた。




