噂に聞く帝国の巨人王アトラスであればいい勝負になるでしょう
しかしそれでも興奮冷めやらぬ巨人は起き上がろうとしてもがいている。
「勇者さま、どうしますか? やりますか?」
やりますか……? 『遣りますか』? 『槍ますか』? ……『殺りますか』!
「いや……! いやいやいや。殺すな。いいか、絶対に殺すなよ!」
剣を抜いたメリアがバーサーカーになることはよくわかっていたが、剣を抜かなくても意外と物騒だと今更ながら気がついた。
「わかりました。では、こうしましょう」
そんなことを思われているとは露ほども知らないメリアは素直に頷くと、暴れる巨人の首筋をそっと撫でた。
いや、撫でたように見えただけでドスッというすごい音がしてそのまま巨人は目を回してしまった。
「相変わらずすげーな……」
そのあまりにも常識外れな戦闘力に唖然とするイリスのところにメリアが戻ってきた。
「いえ、どうということはありません。噂に聞く帝国の巨人王アトラスであればいい勝負になるでしょうね」
一度手合わせしてみたいものですと笑うメリアにイリスは引きつるしかない。
暴れた巨人は兵士達が持ってきたロープで手足を拘束されている。その傍らでミャーリーが巨人の鼻に猫パンチをしていた。
「しかし、これで三日連続か……」
「はい。このままにしておくことはできません。このまま放置しては民には不安が、兵には不満が湧き上がるでしょう」
これが今イリスの頭を悩ませる問題だった。デルフィニウムの魔法によって眠らされた敵軍兵士が目を覚ますと、捕虜という現在の自分が陥っている状況に納得ができず、暴れ出す者がいるのだ。
ほとんどの捕虜が自分の置かれた状況に納得し、あるいは茫然自失となっておとなしくしており、暴れる者の率としては決して高くないが、そういった者の存在は他のおとなしくしている捕虜達にも、それを監視する役割の兵士達にも、そしてヴレダ要塞に集まりつつある町人達にも決していい影響を及ぼしたりはしない。
現状、捕虜達の処遇は決まっていない。前例によると、王国への亡命を希望する者は受け入れ、そうでないものは処刑するという決まりになっているらしいが、有史以来王国が帝国軍の捕虜をこれほどまでに多く得たことはなく、王都でも決めかねているのだ。
決めかねた結果、すべてがイリスの手に委ねられた。
要するに丸投げだ。
「帝国が圧政で人々を苦しめる悪で、王国がそれを解放する正義なら捕虜の扱いは手厚くした方がいいんじゃねーの」
とイリスは王都に対して意見書を提出していた。
別に本気でそう思っているわけではなく、何千人もの捕虜を処刑するのは嫌だったし、もしかすると捕虜交換などで良い条件が得られるかもしれないと思ったからだ。
「ま、これ以上多くの捕虜が目覚める前に手は打っておくか」
イリスがその場を立ち去ろうと歩き出すと、メリアがあとをついてきた。
「どちらへ?」
「収容所だ。メリアはここに残ってあの巨人が暴れ出さないように見ててくれ」
「いやでも……大丈夫ですか?」
「大丈夫だろ。暴れるならとうの昔にやってるだろうし、組織だてて反乱させてやるほどこっちも無策じゃない。それに、デルフィを連れていく。いざとなればまた眠ってもらうさ」
相変わらず巨人の鼻に猫パンチをかましていて兵士達につまみ出されそうになっていたミャーリーにデルフィニウムを探させるよう指示を出して、イリスはその場を立ち去っていった。




