オレ達が取るべき手は二つある
「オレの使命は魔王を倒すことだ。だがそれだけじゃないことは十分承知している。要するに、帝国を倒し、全土を王国のものにする――とまではいかなくとも帝国を十分弱体化して当面の間、王国に攻め込ませないようにする」
「そ、そうです! だからこそこの機会に帝国領に攻め込んで――」
「いやいや、そんなに前のめりになるなよ。ちょっと考えてもみろ」
「考える? 何をですか……?」
イリスは出来の悪い生徒に噛み砕いて教えてやるように説明してやることにした。端から見ると、イリスの側が教えてもらっているようにしか見えないが。
「今帝国は内乱中だ。本来味方であるはずの魔族と魔族が戦っている。そうだな?」
「は、はい。そうですが……」
カーンは首を傾げている。
「そこでオレ達が取るべき手は二つある。どういう手だ?」
突然話の矛先を向けられたカーンは慌てて考える。
「え? そ、そうですね……。やはり、敵の後背から攻め込んで最大のダメージを――」
「それじゃダメだ」
カーンの言葉を遮るようにイリスがダメ出しをする。
「え? ど、どうしてですか?」
「どうやって敵の後ろを突くんだ?」
「そ、それは……」
帝国領へ行く方法は今イリスたちがいるヴレダ要塞から東に進んで東大陸へ足を踏み入れるしか方法がない。しかしそれで敵の後背を付くことはできない。
「取るべき手、その正解のひとつ目は敵の誰かに手助けをして勝利させ、新しくできる帝国の新政権に対して影響力を持つことだ」
右手の人差し指を立てるイリスにカーンは目を輝かせた。
「おぉ! 素晴らしい! さすがはヴレダ要塞を無傷で陥落させたイリスさまです!」
「うん。まあ、それができればいいんだけどな」
「と、おっしゃいますと……?」
「実際にどこかの勢力に影響力を及ぼすとして、コンタクトはどうやって取るんだ?」
「あっ!」
王国のある西大陸と帝国のある東大陸は『世界の屋根』とも言われるギガンティス山脈によって隔てられており、これを抜けるルートは現時点で一本しか開拓されていない。今彼らがいるヴレダ要塞はそのルート上に建設されているのだ。
この困難な山越えルートと帝国が建設した難攻不落だったヴレダ要塞の存在により、かつて王国軍が組織的に帝国領に足を踏み入れたことはない。内乱が起こった程度の情報収集ができるルートは確保しているようだが、それで内乱中の一勢力に影響力を行使することはとてもできないことはさすがのカーンでも理解できたようだ。
イリスは人差し指に続いて中指も立てた。いわゆるピースサインだ。
「ふたつめの正解はこのまま黙って見ている、だ」
「し、しかしそれでは……」
イリスはカーンの言葉を遮るように彼の顔の前に手のひらを向けた。
「まあ、言いたいことはわかる。しかし、だ。本来仲間である帝国軍同士が戦っているというのは千載一遇のチャンスなんだ」
「え、ええ。ですから――」
「ここで打って出て共通の敵を前にした帝国軍が再び一致団結しないとも限らないじゃないか」
「ま、まあ……そうですね」
「だから、ここは静観する」
「…………?」
「静観して、敵が共倒れになればよし。そうでなくても内戦が終結する頃には敵戦力は戦前よりも間違いなく消耗している」
「あっ! つ、つまり――」
「共食いさせて死にかけの獲物を狩った方が楽だろ? こっちの損耗も少ないし」
「た、確かに……!」
「その間にこちらは減った戦力を回復させればいい」
先のカールトン平原の戦いでは、イリスと異世界から召喚した勇者達の力によって帝国遠征軍を撤退に追い込んだがこちらの被害も甚大であった。正確な数字はわかっていないが、九九九人の勇者のうち四〇〇人が倒れ、六〇〇の勇者パーティーが壊滅したとも言われている。
「勇者さまのお考えはわかりました。しかし、他の勇者さまはいかがします? すでに帝国領に攻め込むためにこのヴレダ要塞に向かっていますが……」
「いや、好きにさせれば? それでうまく行けばいいし、ダメでもオレの計画に差し障りはないし。陽動になるし」
「はぁ……」
「ああ、今のうちに補給物資は用意しておいた方がいいな。その辺の手配は頼む」
「わ、わかりました!」
ようやく本来の役割が果たせるとカーンは笑顔になった。それを見てイリスは再び外廊下を歩きだした。
「ところで、勇者さまはどちらへ……?」
「ん? ああ。工事の進捗状況の確認だ」
「え? 帝国側の外壁拡張工事はもう終わったはずでは?」
「ああ、それは終わってるな。今やってるのは城下町の建設だ」
「城下町!? わ、私はそんなこと聞いていませんよ!」
「そうだったか? 言ってなかったか?」
「聞いてません! 予算はどうなっているんですか? 王都からの承認は?」
「あー、そういうのは任せたわ」
「そんなぁ……勇者さまぁ……!」
すたすたと十歳児らしい足取りで外廊下を歩くイリスの後ろを情けない声で付いていく王都の文官であった。




