ミッション、コンプリート
「おー、開いた開いた」
王国軍集結地点から望遠鏡でヴレダ要塞の様子を探っていたイリスは要塞の正門が開かれたことで喜びを露わにした。
「それじゃ、行くぞ。全員出発!」
イリスの号令のもと、馬車が数台に、幾人かの人の群れが続いていく。その中に武器防具を装備した者はいない。馬車に乗っているのは商人で、徒歩はほとんどが文官だ。
「カールトンにはヴレダ要塞を圧迫するような兵力はないと思いますが……。王都に戻ったほかの勇者さまを方呼び戻しますか?」
カールトンの街でヴレダ要塞攻略の準備を進めるイリスにメリアが訊ねたことがある。
「いや、兵力はいらねえよ」
「……?」
敵の砦を落とすのに兵力はいらないと言ったのだ。わけのわからないと言ったメリアの表情は理解できなくもない。
「カーンには商人ギルドと職人ギルドに繋いでもらった」
「ええ、それは存じています。気球を作ったのも職人ギルドの職人達ですよね?」
「ああ。それ以外にも作らせているモノがあるんだ」
「作らせているもの……ですか?」
そう言うイリスに案内されて向かった先は街中にある大きめな倉庫だった。秋にはここは収穫された穀物でいっぱいになるとのことだが、この季節には何もない。
……はずだったのであるが。
「……これは?」
「何に見える?」
質問に質問で返したイリスに気を悪くすることもなく、メリアは見たままを答えた。
「案山子……に見えますが」
自信なさげだったのはこんな所に案山子がある意味がわからないからだ。
「ああ、その通りだ」
倉庫の中には所狭しと案山子が並べられている。また手前の方では今も職人達が積み上げられた藁を丸太に結びつけて新しい案山子を作っていた。
「これが作戦とどういう関係があるのですか?」
「ああ。それはな……おっ、ちょうどいい所に来た。こっちだ!」
イリスは倉庫に入ってきた男に手を振った。あの男はメリアにも見覚えがあった。この街の武器屋。今イリスが装備しているショートソード――『枯れ木に花』改め『チキンナイフ』は彼の店で購入し、打ち直したものだ。
武器屋は倉庫の中に次々と鎧や盾などの防具を倉庫に搬入していった。
それが終わるとイリスは作業中の職人達に指示を出して防具を案山子に取り付けさせていった。さながらそれは――
「兵士……?」
「ご名答」
イリスはメリアを指さしてウィンクした。そのしぐさにメリアは思わずどきりとする。
「こいつらを山道の要塞から見えるか見えないかの位置にそれっぽく置いておく。敵は警戒しなきゃいけないが、こっちは案山子だから全く消耗しない。いい手だろ?」
文官や旅商人達が要塞の中に入ったのを見届けた後、イリスは案山子達の方を振り返った。武器や旗を装備させた案山子達は、遠目には完全武装の兵士一個大隊ほどに見えたに違いない。
「よーし、案山子達を解体してくれ」
「あいよ!」
案山子の兵士達の間から職人達が現われた。あの倉庫で案山子を作っていた職人達、それに武器屋だ。
慣れた手つきでもとの丸太に戻っていく案山子達の向こうにヴレダ要塞が見えた。
朝日の逆光越しに浮かび上がるヴレダ要塞の外壁に飾られていた帝国旗。それが今燃やされて王国旗に取り替えられているところだった。
それを見たイリスは満足そうに頷き、一言つぶやいた。
「ミッション、コンプリート」
この日、難攻不落で知られるヴレダ要塞は王国の手に落ちた。たった一人の幼女の手によって。誰一人傷つくことなく。




