第9話 鬼の苦悩(笑)
拳と薙刀が交差し、ぶつかり、火花を散らす。
俺が全力を出し、銀龍もそれに応える。
だが戦況は俺に傾きつつあった。
段々とだが銀龍の動きに慣れ始めた俺の攻撃が掠めたり、あるいはヤツに防御をさせ始めた。
銀龍が俺の拳を薙刀の柄で防ごうとした瞬間俺はニヤリと笑う。
「ハッハァ!バカが!!!」
俺は薙刀の柄を掴むと思い切り引き寄せ、空いた拳で銀龍のガラ空きの胴をぶん殴った。
「ガハァッ」
肺の空気を全て吐き出して銀龍は針樹を何本もへし折りながら吹っ飛んだ。
俺は銀龍が吹っ飛んで行った方向を見ながら、未だに臨戦態勢を解こうとはしなかった。
「やっぱ強ぇなアイツ、咄嗟に自分で後ろに飛びやがった。それでも俺の拳が効かねぇわけねェがな。」
倒れた針樹の山が吹き飛び中から銀龍が現れる。
口から少し血を流している。
「全く…幾千年ぶりだぞ…攻撃を受けたのも、そしてダメージを受けたのも。」
「怠けてっからくだらねェ手に引っ掛かんだよ。」
「フッ…返す言葉も無いな…」
銀龍は自嘲気味に笑うと薙刀を霧散させる。
「あ?」
「最早油断も慢心もせぬ…ここからは貴様を対等の者と思って当たらせてもらう。」
そう言って銀龍は拳を構えた。
俺はその姿を見て激怒を通り越えて酷く冷静になった。
「……手加減してたってことか?」
俺は地鳴りのような低い声で尋ねる。
「へ!?い、いやそういう事ではなく…」
俺の耳にはもう銀龍の声は届いていなかった。
次の瞬間、銀龍は思い切り俺の拳を腹で受け止め先程の比じゃないレベルで吹き飛んだ。
ーシルヴァリオンsideー
今私は恐ろしく強い人間と戦っている。
容姿はオーガに近い人間と言っておく。
この男は私の水銀の嵐を無傷で耐え、挙句に人化した私の薙刀を魔力を纏っただけの拳で弾き返してきた。
「(ななななな何なんですかこの人!?!?)」
銀の守護龍などと持て囃され続けて幾千年、天狗になっていたのは正直認めます…
でもでもだからと言ってこんな仕打ちはあんまりだと思うんですよ神様ァ!!!!
「(ひぃぃぃい!!ものすんごい音で拳が肌スレスレを通り過ぎて行くぅぅぅ!?!!人間の身体で出せる音じゃないですって!!!!!)」
必死に薙刀でいなしかわし、逃げ回ってチマチマ攻撃していたんですけどとうとう私はお腹に良いのを貰ってしまう。
「(な、なんとか後ろに飛んだけど…効いたァ〜〜〜…お腹痛い起き上がりたくない…でもオーガ人間さんの敵意ビシビシ感じるよォ…怖いめぅ…)」
針樹の山から出て私はヤケクソで最後は拳で正々堂々やりましょうという気持ちを伝えたつもりだった。
「(えっえっえっ!?!?なんでなんでなんで!?!?なんであんなに怒ってるの!?!?!?人間分かんない怖い!!!!!!
)」
そして次の瞬間にはお腹がどっか行っちゃったんじゃないかってくらいの衝撃に曝されて私の意識は暗転した。
ーside outー
「あァ〜〜…しまった…」
銀龍をぶっ飛ばした後俺は後悔していた。
手加減されてたのは確かにムカつくが、そもそもアイツは龍だ。
人間と感性が違うのが当然だし、何よりあの感じだと対等に張り合う人間に出会ったのが初めてだったんだろう。
「むしろ俺みたいな人間がいるのがおかしい話なんだよなァ…」
天を仰ぎながら呟く。
今思えば銀龍からしたら俺は土足で入り込んで殴り掛かってきた異常者なんだよなァ…
生きてたら今度土産持って詫び入れに行こう……生きてたら。
そう決めて俺は帰ろうとした時、辺りに散らばる銀龍の鱗を見つけた。
「しゅごりゅーのひとはしらとか言ってたし高値で売れそうだな…」
銀龍の鱗を拾い集めていると追い剥ぎをしているような気になって更に少し凹む。
「今度マジで詫び入れよう。」
そう決めて俺はとりあえず、『ごめんな』と地面に書いて銀龍の鱗を持てるだけ持って、冒険者ギルドに戻って行った。
冒険者ギルドの扉を開けて中に入る。
とりあえず、チビに依頼完了(?)の報告をしようと思って探していると腰にドンと軽い衝撃がきた。
見るとチビがしがみついていた。
「あァ?どうしたチビ、あのザコにいじめられたのか?」
俺がそう言うとチビが顔を上げる。
鼻水と涙でグシャグシャになった酷い顔だ。
「いぎでで…よがっだでず…グズ…ごめんなざいっわだじの…ぜいでっヒグッ」
チビが泣きながら必死に謝ってくるのを俺は頭をワシワシ撫でて止めさせた。
「んぎゅ」
「気にすんな、俺は今回の依頼楽しかったぜ。それに収穫もあったしな。ほら土産だ、1枚やる。」
銀龍の鱗をチビの手に持たせる。
俺からしたら手の平のより少しデカいくらいのサイズだが、チビからしたら胸に抱えるほどのデカさだった。
「ご、ごれ…ズビッ」
「何だっけか、忘れちまったけど銀龍の鱗だ。」
「ぎんりゅー…」
「おう、なんかスゲェ奴らしいぞ。」
「そうなんですね…へへ…ありがとうございます。」
今になって俺が無事帰ってきたことを認識したのかチビは嬉しそうにふにゃっと笑って鱗を大切そうに抱きしめる。
「チ「ミーナです。」……ミーナ。」
「はい!」
「おめェの依頼は完了だ、もうビビる必要はねェ。」
またワシワシと頭を撫でる。
「はいっ!本当にありがとうございました…グスッ」
ミーナは今度は嬉し泣きを始める。
「とりあえず、これで俺の初依頼は成功だな。大金星だぜ。」
俺はそう言ってニヤリと笑う。
するとミーナが意を決したように声を発した。
「あ、あのっ!」
「あん?」
「お名前をお聞きしたいのですが!」
「そういや名乗ってなかったか…リューゴだ。」
「ありがとうございます!私はミーナです!」
「さっき聞いたぜ、それじゃァな。俺ァ冒険者登録しないとだからよ。」
そう言って最後にもう一度頭を撫でると俺はミーナに背を向けてギルドのカウンターに向かっていった。
「……リューゴさん…」
銀龍の鱗を大事そうに抱きしめて、俺の背中を潤んだ瞳で見つめるミーナには気付かなった。